ただ、

一つ書き添えておきたいことは、

人と人がわかりあうのは、

簡単でない

ということです。


結果的に、

現時点では、

勉強に

子供がうまく

向き合えていない、その現実が

どこでも数多く

存在するということ。

むしろ、そういうご家庭

の方が多いというのも

現実として

知っています。


その事に困られている方が

数多くいらっしゃるんだ

ということを

否定するつもりは、

全くありません。


私自身が日々目の当たりにしている

こと

それがまさに現実でもあります。


それでも、

勉強は、

子供が自分からする

そういうものであること、

それは、間違いないことで、

それを幼いうちから

うまく誘導することも

できることなのです

が、

その事に多くの方は

気付くきっかけが

ないということなのです。


私が申し上げたいことは、

いつからでも変われますよ

ということです。


それは、その事に

気付くことさえできれば

そんなに難しくない

ということです。


つまり、

それが難しいこと

と思う方がいて、

私みたいに

難しいことではない

ということを

知っている者もあり、

そこに、

大きな隔たりがある

ということが

また、現実として

あります。


そこに、わかりあうことの

難しさが潜んでいます。


何が重要かというと、

繰り返しになるかもしれませんが、

師事するべき人間を

見つけることです。


信じて、その通りについて

来てくれるご家庭は、

ほぼ100%ものすごくうまく

いきます。


そこに、親の考えが強すぎて、

強い細かい要望を

しすぎてはいけないということです。


親の立場で、

私はこうしたい、

担当者のレベルで

こうすべきだ、

それぞれが

激しくぶつかるのです。


ただ、多くは全く

ぶつからないのです。


何をいっているのか?

と思われるでしょうが、

そこの違いに、

何があるのかを

本当の意味で考えてみていただければ、

お分かりいただけるかもしれません。


ぶつからないということは、

どうすべきか、という

その考えがない

ということです。


ない、

ということは、

親がお客様であること

そして、

お客様になってしまう

その二つが存在する

ということです。


親に対して

そうですね、

というような

肯定的な反応しかいわないこと

世間では

ほとんどなはずなのです。

すると、

その瞬間に

お客様になっている

かもしれない

という危険があります。


日本では

意見は受け入れるもの

もしくは、

聞き流す(返事だけする)

程度のもの、

というような

文化があります。


子供に対して、

つまり、対人として

人が人に大きな影響を与えて、

導くということは、

表面的なことではない

わけです。


つまり、意見が対立してぶつかって

それでも、わかりあえて納得できる、

そのくらいの関係性を

築かなければいけないはずです。


つまり、

単なるお客さんであるような

関係であるとすると

何も好転しません。


私の場合、

そのお子さんが

順調に育っていて、

科目内容の

専門的な意見交換や、

深い分析をお伝えするような

場合を除いて、

必ず、それなりに大きな

意見対立から、

始まります。


それを、詳しく

分析した論理で

お話しして

ご納得いただくまでに

時間がかかることが

多いということです。


信じてついてきてくれた方が

ほぼ100%、ハッピーになる

と言いきれますが、

それでも、

最初は、

つまり、初対面時は

そんなものなのです、


だからこそ、

確かな論理と強い信念

を明らかに持ち合わせていて、

強い情熱で導いてくれる、

そういう

担当者を師事すべきだ

ということです。


誰を師事するのか

それが、問われることなのです。

是非、深くお考えください。


(続く)