撃つためのデザイン 「ルガー」 | 戦車兵のブログ

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ルガーと呼ばれる拳銃は世界的に有名な拳銃である。

 

ヒューゴ・ボーチャードが開発した大型拳銃ボーチャードピストルを原型にゲオルグ・ルガーが改良・開発したもので、自動拳銃黎明期の成功作の一つであり、支点で二つに曲がって伸縮する“トグルアクション”式機構が大きな特徴である。

 

その独特な機構の動きから、尺取虫の愛称で呼ばれた。

 

 

ルガーP08は、ドイツで開発された自動拳銃である。

 

P08」はドイツ軍での制式採用名である。

 

 

ゲオルグ・ルガー (1849年3月6日 – 1923年12月22日)は、ルガーP08や9x19mmパラベラム弾などの発明で有名なオーストリアの銃器設計家である。

 

DWM社の技師として兵器の開発に携わった。

 

 

口径は9mm、装弾数はシングルカラム・マガジンによる8+1発である。

 

使用弾薬は9mm×19パラベラム弾であり、20世紀から21世紀にかけて自動拳銃用の弾丸として広く使われているこの拳銃用弾薬は、元来はこの銃のために開発された。「パラベラム」とは、ラテン語の「Si vis pacem, para bellum(「平和を欲するなら戦争に備えよ」という箴言)」から採られており、「戦争に備える」の意味である。

 

 

なお、アメリカの大手銃器メーカー、スターム・ルガー(Ruger)社とは、銃もゲオルグ・ルガー技師も無関係である。

 

 

ボーチャードピストルは、1893年に開発された世界初の実用自動拳銃とされる銃である。

 

ドイツ人ヒューゴ・ボーチャードことフーゴー・ボルヒャルトにより開発されたこの銃は、ライフルなど大型銃に使用されていたトグルアクションと呼ばれる機構を片手でぎりぎり持てるサイズまで縮めた、オートマチックハンドガンの元祖ともされる銃である。

 

 

口径は7.65mm、弾は専用の7.65ボーチャード弾を使用する。

 

拳銃としては重過ぎて実用的ではなかったため、小型に改良されたものがルガーP08となった。

 

 

口径からとって9ミリルガーとも呼ばれる。ヨーロッパ諸国ではパラベラムピストルとも呼ばれ、米国では単純にルガーと呼ばれる。

 

 

「ルガーP08」とはアメリカ合衆国でのパラベラム拳銃輸入元となった商社のストーガー社が、本来の名前である「パラベラム・ピストーレ」では市場においてインパクトが無いということで、ルガーの名を勝手に冠し、ドイツ軍の制式名「Pistole 08(ピストーレ ヌル アハト)」を略して付けたものである。

 

しかし、「フォルクスワーゲン・タイプ1」をして「ビートル」と通称させた結果、後年にはフォルクスワーゲン社に名称が逆採用されたような風潮と同様、「ルガーP08」も、最早正式名称と言って良いほどに浸透している。

 

 

ルガーP08の独特な作動方式は「トグルアクション」と呼ばれるショートリコイル機構の一種だが、直後の時期にコルト・ガバメントによってより単純で信頼性の高いティルトバレル方式が確立されて以降、この機構を使用した拳銃は存在しない。

 

撃発方式はストライカー式であり、大口径の拳銃としては珍しい。

 

 

自動拳銃としてはきわめて初期の設計で、部品数が多く、職人の手作業による高い工作精度による削り出しで部品の多くが作られている。

 

しかし、個々の部品の工作精度は高いものの、各部品は組立時に熟練の職人により調整されて組み上げられており、完成した銃の構成部品には全て同じ刻印がされていた。

 

このため、刻印が異なるルガー同士ではパーツの互換性が無く、規格化されて大量生産された工業製品でありながら、部品の相互互換性がほとんど存在していなかった(最も、これは同時期の銃器では一般的なことであり、本銃の固有の問題点ではない)。

 

 

さらに、高い工作精度で組み上げられた構成は砂埃などの汚れに弱い上、分解にねじ回しや専用工具を必要とする部分が多く、軍用としては野戦で使うことに難が多かった。

 

実用上の大きな問題点として、トリガーガードと引き金の隙間が狭く、手袋をした手では扱いづらいという点もあった。

 

 

総じて、機械としての完成度は高いが、武器としての大量生産性や、劣悪な使用環境での耐久性、整備性などは考慮されていなかった銃であった。

 

 

ヒューゴ・ボーチャード(フーゴ・ボルヒャルト)が1880年代末期に設計した特異な構造のトグルアクション式大型自動拳銃「ボーチャードピストル」は、ボーチャードの設計を買い取ったドイツ武器弾薬製造社(DWM)が製造していた。

 

この銃の米海軍への売り込みに失敗したDWM社の技師ゲオルグ・ルガーは、ボーチャードピストル失敗の原因が、拳銃としては極度に過大な大きさ、外付けのストックを装備しないと扱いにくいバランスの悪さにあると考えて、撃発機構をベースにしながら両手保持可能な実用的サイズに小型化する改良、試作を行い、1900年に、P08の前身となるモデル1900を開発する。トグル・アクションのアイデアを除けば、モデル1900以降のDWM製軍用自動拳銃開発にボーチャードはほとんど関わっていない。

 

 

ルガーP08の原型は1893年に完成し、1900年に7.65mmパラベラム弾を使用するパラベラムP1900が発表された。

 

これは同年スイス軍に制式採用されたほか、民間用としてブルガリアでも発売された。

 

1902年には9mmパラベラム弾を使用するモデルP1902が開発され、翌年アメリカ陸軍がトライアルを行ったが落選した。

 

 

部品数が多く生産コストの高い銃であったが1904年には改良型がドイツ海軍に、そして1908年にはドイツ陸軍に制式採用され、第一次世界大戦から第二次世界大戦を通じて1943年まで生産され続けた。

 

1938年に後継モデルのワルサーP38が制式採用されるまでの約30年間、ドイツ軍の制式採用銃であった。

 

また、ナチスが台頭してからは主力制式拳銃の座を退くものの、自費で本銃を購入して使いつづけるものも多く、第2次世界大戦中も、ワルサーP38の供給不足をまかなう形で、引き続き生産、使用された。

 

 

そのため、「ナチスの拳銃」というイメージで知られている。

 

その過程における最大の改良は、グリップ内背面に収められるリコイル・スプリングを当初長い板バネとしていたため発射時の瞬間的衝撃で折れて破損しやすかったところ、1906年にコイルバネに変更したことで、耐久性が大幅に高まったことであった。

 

 

ルガーの開発した9mmパラベラムはルガーP08の他にワルサーP38などで採用され、その後軍用拳銃の傑作銃ブローニングHPの使用弾として50ヶ国以上の軍隊で採用された。これら自動拳銃用のリムレス弾丸は、結果として銃本体以上の成功を収めるに至った。

 

 

 

ナチスの幹部たちは金メッキされた特注のルガーP08を贈り合った。

 

ドイツ空軍総司令官であり、アドルフ・ヒトラーの片腕とされたヘルマン・ゲーリング国家元帥もP08を好んでおり、後継のワルサーP38が開発された後も、空軍の制式拳銃としてP08を採用し続けた。

 

これは、ゲーリングが当時のP08の製造元であるクリークホフ社の株主であった事も関係している。

 

国家元帥昇進の際には、クリーフホフ社より2挺の文様入りのP08を贈られている(シリアルナンバー16999と17239)。

 

この2挺は銃本体と弾倉を艶消し銀色のサテン・クロームメッキとし、樫の葉をモチーフにした文様が彫刻されている事は共通であるが、文様のパターンは両者でやや異なっており、またグリップがNo.16999は銃本体と同様の文様が彫られた象牙製、No.17239はチェッカー入りのウォールナット製という点も異なっている。

 

この2挺のP08は、通称「ゲーリング・ルガー」と称される事が多い。

 

 

また、2017年にはマルシンから「ゲーリングルガー P08」という名称でシリアルナンバー16999がモデルガンとして発売された。

 

 

第二次世界大戦の出征したアメリカ兵の間で、日本軍の軍刀とならぶ最も人気の高い戦利品になった。

 

独特の設計と凝ったメカニズム、品位のある外観から、現在でも収集家の間で高値で取引され、状態のいいものには1750ドル(20万円以上)の価値がついたこともある。米国内では複数のメーカーからルガーP08のコピー銃も販売されている。

 

蘭印作戦において降伏したオランダ軍からルガーが多数接収され、菊花紋が彫り込まれて日本軍将兵に使用されたとされるが、官給品の小銃とは違い、将校は自弁で調達させられる拳銃のそれも鹵獲品に菊花紋が彫り込まれる事はあり得ず、この通称「菊ルガー」は後年の創作とされている。