IV号戦車 | 戦車兵のブログ

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IV号戦車(よんごうせんしゃ、Panzerkampfwagen IV、略称:Pz.Kpfw.IV)は、第二次世界大戦のドイツの中戦車である。




『ガールズ&パンツァー』主人公達のAチーム(あんこうチーム)がD型に搭乗。




後にF2型仕様、更にH型仕様へと改造されていく。





ナチスが政権をとる以前から、ドイツ国防軍はヴェルサイユ条約下で密かに再軍備を見据えた新型戦車の開発を行っていた。


1934年、NbFz(ノイバウファールツォイク)と呼ばれる多砲塔戦車の試作車が作られたが、大きく重いことから新たな戦車の開発が求められた。



ハインツ・グデーリアン



装甲部隊の創設者ハインツ・グデーリアンにより求められた戦車の仕様は二種類で、一つがツークフューラーヴァーゲン(Zugführerwagen; Z.W.=小隊長車)と呼ばれ、37mm砲搭載の15トン級の「主力戦車」として開発された「III号戦車」、もう一つがベグライトヴァーゲン(Begleitwagen; B.W.=随伴車)と呼ばれ、75mm砲搭載の20トン級の「支援戦車」として開発された「IV号戦車」(当初「7.5cm砲装甲車」という名称であったが、1937年から「IV号戦車」に変更された)である。




IV号は、4社による競作が行われた結果、1936年4月に完成したクルップ社の「B.W.I」を元に、増加試作車的なA型に次いでB・C型が作られ、1939年からD型が本格的に量産された。


その後も戦局に対応するため改良が加えられ、最終型は長砲身の75mm砲を搭載したJ型である。





IV号は、ドイツ戦車の中で最も生産数が多く(ただし、装甲戦闘車両という大きな括りで見た場合、III号突撃砲が最多生産数となる)、大戦中期ごろには改良が限界に達していたものの、敗戦時まで主力として使用され続け、ドイツ戦車部隊のワークホース(使役馬)と呼ばれた。



また、同時期に開発され、50mm砲の搭載を想定したIII号戦車に比べ、75mm砲の搭載を前提に設計されたこともあり、ターレットリング(回転式砲塔)の直径が大きいため、長砲身の75mm砲に設計変更が可能であり、既存車両でも長砲身に換装することが容易であった。


そのため、戦訓による武装強化にも対応し、変化する戦況の中で様々な要求に応じるべく車体部分を流用した多種多様な派生型を生み出した。



シリア軍が中東戦争で使用したIV号戦車




同盟国などにも輸出され、G型以降がイタリア、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、フィンランド、スペイン、トルコの各軍に配備され、戦後も暫く使用されていた。



チェコスロバキアが保有していた中古、及びフランスの接収品を購入したシリア軍のIV号戦車が、中東戦争でイスラエル国防軍のセンチュリオンと交戦した記録がある。






車体構成は保守的で、リーフスプリング・ボギー式懸架装置を採用していた。


この方式はIII号戦車のトーションバー式に比べ地形追従性が低く路外機動性で劣ってはいるものの、確立された技術でもあるため、耐久性や信頼性が確保されており、車体の底に脱出ハッチを設置可能な利点がある。



当初から3人が搭乗するバスケット式の砲塔を搭載。


戦車長は砲塔後部に位置し、キューポラ(砲塔上部の司令塔)から周囲を監視しながら指揮に専念出来、装填手以外の全員はタコホーン(喉頭マイク)とヘッドセットを装着し、インターコム(車内通話装置)で騒音の中でも対話可能となっている。



また、撃破された際の素早い脱出のため、乗降用ハッチは全員分の数が設置されている。

 



支援戦車として設計されたこともあり、当初は榴弾火力を重視して、短砲身24口径75mm砲が搭載され、戦車部隊の中では火力支援任務に当たっていた。


だが、イギリス軍のマチルダII歩兵戦車など装甲の厚い戦車との対戦で、より強力な火力が必要とされ、1941年2月にヒトラーによって60口径50mm砲の搭載が命じられた。



これを受けD型を元に一輌が試作されたが、それよりも対戦車能力が付加できる長砲身の75mm砲への設計変更が検討された。


当初は40口径で設計されていたものを、車体より前にはみ出ないよう求められたため、34.5口径の新型砲の試作が決定された。



しかし、独ソ戦の影響で、34.5口径の新型砲の完成を待てない状況となり、F型の生産途中から7.5 cm PaK 40をベースに開発された7.5 cm KwK 40L/43(43口径)が搭載された。



長砲身の75mm砲となったことにより、対戦車能力は向上し、支援戦車だったIV号戦車はIII号戦車に代わる主力戦車となった。



その後、H型(厳密にはG後期型)からL/43より砲身長の長いL/48(48口径)に変更され、更なる火力の強化が図られた。

 




III号戦車が新機軸を採用し、E型で設計が確立するまで、配備が少数になってしまったのに対して、既存の技術で設計されていたIV号は第二次世界大戦の開戦となるポーランド侵攻の段階でまとまった数を配備されており、この関係でポーランド侵攻の時だけはIII号よりIV号の方が配備数が多かった。


その後、III号の生産が本格化し始めたため、フランス侵攻が始まるころにはIII号の数も増えていたが、全体で見れば、当時主力と定められていたIII号は必要量を満たすことが出来ず、支援戦車の地位であったはずのIV号も実質的には主力として扱われている状況であった。

 




1941年6月、独ソ戦が開始され、ドイツ軍はソ連国内への侵攻を開始する。


そこで赤軍のT-34に対して全てのドイツ対戦車兵器の威力不足が露呈するという事態(いわゆる「T-34ショック」)に遭遇する。


そのため、T-34などの戦車に対抗できるよう主砲を短砲身から長砲身に設計変更したG型が登場する(資料によっては最初の長砲身型はF2型とも表記される)。

 





この型式あたりから、IV号は支援戦車から主力戦車の地位を務めるようになる。


北アフリカ戦線に送られた長砲身型のIV号は、この戦線に派遣されたドイツ軍のなかではティーガ―Iに次ぐ強力な戦車であり、全体で見れば少数しか配備されていなかったものの、大きな戦果を上げており、連合軍からはマークIVスペシャルとして恐れられた。




1943年、性能向上としては最終型とも言えるH型が登場する。


同じころ、V号戦車パンターが登場し、生産も開始されて配備も始まっていたが、パンターの生産が伸び悩んだこともあり、敗戦時までIV号が主力の地位を務めている部隊が少なくはなかった。




ドイツ陸軍兵器局は、T-34-85との算定で、IV号戦車はあらゆる比較項目で圧倒されるという結論に至っていたが、全ての生産ラインをパンターに切り替える余裕は無く、グデーリアンの強い反対もあって本車の生産を中止するという選択肢はなかった。



ただし、想定される敵戦車でも主力である中戦車のM4シャーマンやT-34であれば撃破することは可能であり、重戦車でなければ、兵器局が言うような一方的に撃破される状況となっていたわけではなかった。


F2型(後にG初期型)


1942年3月から175輌だけ生産され、IV号戦車として初めて長砲身の75mm Kw.K.40 L/43を搭載した。



ドイツ・アフリカ軍団に配備された僅か9輌のF2型は対戦車戦闘に威力を発揮、10月までに送られた37輌のG型(エル・アラメイン戦以降の増援でもG型が更に26輌追加されたに過ぎない)と併せ、イギリス軍から「マークIVスペシャル」、味方からも「IV号スペツィアル」と呼ばれた。



ガルパンIV号戦車D型改(F2型仕様)




なお、F2型とは1942年3 - 5月の間のみ使われた分類で、その後、生産中の長砲身型の車輌をG型に改称、翌月から既に生産済みのF2型も全てG型に改称された。


最近はF2型をG初期型と解釈されることが増え始めているが、初めて長砲身を装備した型で有名なことからF2型が固有名詞として表記されることもある。





H型


新型の変速機を搭載(最初のフォマーク社製の30輌には間に合わず旧型のまま)、車体前面装甲を1943年6月から80mmの一枚装甲に、砲塔上面装甲を前部16mm、後部25mmに変更した。


またシュルツェンが邪魔で使えなくなった車体側面のクラッペを廃止、10月にはゴムタイヤ付きだった上部支持転輪を全金属製に変更、翌年2月にエアフィルターを廃止などの細かい改良が加えられ続けた。


当初は砲塔旋回装置を電動から油圧に変更したBW40型に変更する予定であったが実現していない。


また、G型と違い、生産初期から主砲は75mm Kw.K.40 L/48となっている。シャーシナンバーは84401 - 89540、1943年4月から1944年2月までの間に、クルップ社で379輌(以降、IV号突撃砲を生産)、ニーベルンゲンヴェルケで約1,250輌、フォマーク社で693輌が生産されたが、車台が突撃砲や対空戦車などに流用されているので、シャーシナンバーが生産数と一致しない。



ガルパンIV号戦車D型改(H型仕様)





ガルパンであんこうさんチームが乗っているIV号戦車D型改(H型仕様)も、単にIV号戦車と言ってもいろいろあるのです。