心理学やらカウンセリングやらを学ぶと
必ずと言って良いほど出てくる言葉。

「受容」と「共感」

私は
受容とは、相手の考えや感覚を肯定すること
共感とは、相手の感情に寄り添うこと
だと思っていて。

肯定と言っても
"あなたはそうなんですね"
と相手の価値観や感覚を否定しないこと
だと理解(?)していた。

んで
共感は得意で、受容が苦手
だと思っていた。

だから、気づくたびに
受容、受容、と頭の中で
呪文のように繰り返していたし
意識的に相手の言葉を口に出してみたり。
受容がなんなのか、腑に落ちないまま
受容しようと思ってた。

でも。

(主に、対息子において)
受容しているつもりだったけど
心の中では反論や言い訳をしていたり

うまく気持ちを言葉にできなくて
泣いてるのだろうと"主観的に"判断して
「嫌なのね」「嫌だよね」と
代弁して(いる"つもり"になって)みたり

ぜんっぜん受容なんてしてなくて。
いつも、頭の中は
自分の想いでいっぱいだった。

私は何を思っているか
私は何を感じているか

そこを無視して
自分以外の誰かを受容しようなんて
そりゃ、腑に落ちないよね(ΩДΩ)

一番身近な自分自身の声を聞かずして
それより遠い声など、きこえるはずがない。

だから、まずは自分。
自分の声を徹底的に。
聞いて聴いて訊いて。
どんな声であろうとも、耳を塞がない
勇気と優しさを自分自身に。

残念な私。
弱い私。
ダサい私。
ズルイ私。
自己中な私。
ずっと認めたくなかったいろんな私。

しょうがない。

ここにいて、いいよ。
一緒に、いよう。