私は中2病患者です。
これはいわゆる揶揄ではなくて、本当の意味での中学2年生。
私は大人になりたかった。
祖父祖母から育てられる中で、
「お前の親はお前が生まれたから出ていったんだ」と聞かされる中で、
10歳の時に新しい親を得た時に、
新しく転校した先で虐められるたびに、
誰にも嫌われない人間になりたいと思った。
自分が大人になれたなら、
もう親に捨てられることもなく、
周りの人たちに後ろ指をさされることもなく、
堂々と生きていけると思った。
だから自分の想像する「大人」をどんどん実践していった。
そしたらどんな人からも褒められた。
「ぞえくんは大人だね」
「うちの子もぞえくんみたいにならないかしら」
そんな言葉を掛けられるたびに自分が正しい道を歩けている証明が得られた気がして、嬉しかった。
でも時々子供になりたかった。
はしゃぎたい、ちょっと悪いこともして小言を言われたりもしたい。
周りはみんなそうだった。
だから自分も次はその「当たり前」を得たかった。
それは成功しなかった。
私が悪いことをするのは誰にとっての当たり前にもならなかった。
もらった言葉は自分の想定した小言とは全然違った。
「あなたがこんなことをするなんて」
「こんな子供みたいなことをして楽しいか?」
「ガッカリした」
周囲の冷ややかな目が本当に忘れられない。
宿題を忘れただけ。
自分にとってはあまりにも周囲にありふれた当たり前だったのに私がそうすることは当たり前じゃなかった。
親にとって、先生にとって、全然当たり前じゃなかった。
恐怖した。
また見捨てられるかもしれない、
また虐められてしまうかもしれない、
周りからみんないなくなってしまうかもしれない。
だから、私はまたすぐに大人になった。
そしてその理想像を崩れないように大事に大事に抱えながら、生きてきたら今日までずっと変わらない性格でいてしまった。
社会に出て自分の周りにいる大人と自分とを比較して愕然とする。
全然、私と違う。
価値観も何もかも合わない。
私は大人なのに周囲から「ぞえさんは大人だなぁ」なんて言われてる。
それは周りから「自分とは違う」と言われてるいるのと同義じゃないのか?
自他共に認めるほど、私は周りと違うことの証拠なんじゃないか?
仕事では別に困ることもない。
でもプライベートで大人になりきれなかった私の心が容赦なく知人に襲い掛かる。
そして正しくありたい願う自分に周囲はいともたやすく、その正しさを踏み潰す行為を見せつけてくる。
もうやめてくれと目を覆いたくなる。
なんでそんな酷いことするんだ?
私のやってることの方が本当は酷いのか?
教えて欲しいけど、問いただす勇気も今更ない。
大人になろうと決めた時に決めた大事なこと、
誰も傷つけない人になりたい。
誰をも守れる人になりたい。
自分が遭った目には誰も遭わせたくない。
願えば願うだけ、実践すればするほど、
周囲から自分からどんどん踏み潰されていく正義心が「もう諦めろ」という内からの声に耳も貸さずに立ち上がる。
立ち上がるたびに罪悪感を連れてくる。
今にもそれらに押し潰されそうになる。
なんて不器用な人間なのか、
善人になりたくともDNAレベルの悪い心を持っていて、悪人になりたくてもいつかの自分が自分なりに完成させた正義の心がそれを止めにくる。
頭がおかしくなりそうだ。