きょうは私の誕生日。
娘が手作りケーキを作ってくれた。
↓
工作大好きな娘の心のこもった贈り物です。
また年を1つ重ねたことは、あまりうれしくないけれど、
「おめでとう!」
とお祝いしてくれる人がいることはとても幸せなことだと思う。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
金子みすずの研究者である矢崎節夫先生の公演のDVDを見た。
「あなと私」
あなたがいて私がいる。
子どもが生まれて、私は母になった。
家族ができて、私は親にまた妻になることができた。
地域社会の人々に支えられながら私たちは生きている。
人は地球のなかで自然とともに存在する。
地球は無限に広がる宇宙のなかの無数の星のうちの1つであり、
たったひとつのかけがえのない星だ。
「解る」を英語でいうと
Understand
under=下に
stand=立つ
下におりていって立つ
相手のところに近づいて立ってみる
つまり相手の立場になって考えるということらしい。
そうすることで、新しい発見があり、自分が変わる。
「わかる」ことは自分が「かわる」こと。
相手がつらいときに
「つらいね」と言ってあげることを
「ことだます」というそうだ。
つまり、共感すること。
例えば子どもが
「痛いよ」
と訴えているときに
「そうね、痛いね」
と言ってあげることで、その子の心は楽になりる。
実際の痛みはあまり変わらないのかもしれないが、
心の痛みはずいぶんとやわらぐだろう。
反対に私が先に立って、ことだますことなく、
上から目線で自分の言いたいことを一方的に先に言ってしまうと、
相手は話しづらくなり、心がこわばるばかりだ。
さっきの例でいくと、
「痛くない、たいしたことないよ」
と言われてしまうとする。
その子は
「どうしてこの痛みをわかってくれないの」
と、とても辛くなり、惨めな気持ちになる。
本来自由である心の動きが鈍くなり、閉ざされてしまうかもしれない。
残念なことに、現代は私が先に出てしまう人が非常に多くなり、
ことだますことができる人が珍しくなってしまった。
と先生は説かれていた。
そして、私は自分に問うてみる。
「私は、ことだましているだろうか?」
自分のことを言おうと必死になって、相手のことを後回しにすることはなかったか?
「まず相手の話に耳を傾ける」
子育て中の私にとって、このことは肝に銘じておくことだろう。
また、相手の立場に立って初めて見えてくるものがある。
娘の保育園の役員をすることで、これまでの役員の方のご苦労がわかり、
また、イベントの参加者の方に楽しんでもらえたときの喜びを味わうことができる。
それが先生の言う「わかる」ことすなわち「かわる」ことなのだと思う。
ことだますこと、わかることによって、私たちはより豊かな人生を歩んでいけるのかもしれない。
娘が手作りケーキを作ってくれた。
↓
工作大好きな娘の心のこもった贈り物です。
また年を1つ重ねたことは、あまりうれしくないけれど、
「おめでとう!」
とお祝いしてくれる人がいることはとても幸せなことだと思う。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
金子みすずの研究者である矢崎節夫先生の公演のDVDを見た。
「あなと私」
あなたがいて私がいる。
子どもが生まれて、私は母になった。
家族ができて、私は親にまた妻になることができた。
地域社会の人々に支えられながら私たちは生きている。
人は地球のなかで自然とともに存在する。
地球は無限に広がる宇宙のなかの無数の星のうちの1つであり、
たったひとつのかけがえのない星だ。
「解る」を英語でいうと
Understand
under=下に
stand=立つ
下におりていって立つ
相手のところに近づいて立ってみる
つまり相手の立場になって考えるということらしい。
そうすることで、新しい発見があり、自分が変わる。
「わかる」ことは自分が「かわる」こと。
相手がつらいときに
「つらいね」と言ってあげることを
「ことだます」というそうだ。
つまり、共感すること。
例えば子どもが
「痛いよ」
と訴えているときに
「そうね、痛いね」
と言ってあげることで、その子の心は楽になりる。
実際の痛みはあまり変わらないのかもしれないが、
心の痛みはずいぶんとやわらぐだろう。
反対に私が先に立って、ことだますことなく、
上から目線で自分の言いたいことを一方的に先に言ってしまうと、
相手は話しづらくなり、心がこわばるばかりだ。
さっきの例でいくと、
「痛くない、たいしたことないよ」
と言われてしまうとする。
その子は
「どうしてこの痛みをわかってくれないの」
と、とても辛くなり、惨めな気持ちになる。
本来自由である心の動きが鈍くなり、閉ざされてしまうかもしれない。
残念なことに、現代は私が先に出てしまう人が非常に多くなり、
ことだますことができる人が珍しくなってしまった。
と先生は説かれていた。
そして、私は自分に問うてみる。
「私は、ことだましているだろうか?」
自分のことを言おうと必死になって、相手のことを後回しにすることはなかったか?
「まず相手の話に耳を傾ける」
子育て中の私にとって、このことは肝に銘じておくことだろう。
また、相手の立場に立って初めて見えてくるものがある。
娘の保育園の役員をすることで、これまでの役員の方のご苦労がわかり、
また、イベントの参加者の方に楽しんでもらえたときの喜びを味わうことができる。
それが先生の言う「わかる」ことすなわち「かわる」ことなのだと思う。
ことだますこと、わかることによって、私たちはより豊かな人生を歩んでいけるのかもしれない。
