裁判員制度に対する疑問(3)模擬裁判の成果と欠落

≪「模擬裁判での工夫例」の部分を若干改訂しました。≫
裁判員制度実施を控えて、最高裁は1月中旬にこれまで約550回行った模擬裁判の報告書をまとめました。『模擬裁判の成果と課題』というものですが、最高裁の裁判員制度サイトでも触れていないので、部内資料のようなものかと思っていました。ところが日本の主要な法律専門雑誌のひとつである『判例タイムズ』1287号 にほぼ全文が掲載されましたので、私なりの視点からここで取り上げます。
この報告書の分量はB5版の雑誌で55頁。目次を見ると48項目になります。全体の構成を記すと、
第1 裁判員裁判における公判前整理手続,審理,評議及び判決の在り方について
1 公判前整理手続の在り方
2 審理の在り方
*(12) 障害者が裁判員として参加する場合の審理の在り方
3 評議の在り方
4 判決の在り方
5 その他
第2 裁判員等選任手続の運用の在り方について
1 辞退事由の判断の在り方について
2 選任手続期日における質問手続の運用の在り方について
3 その他
*(2) 障害者対応
です。以上が大項目と中項目ですが、雑誌ではこの下の小項目ともいうべきところまで出ています。そのうち障害者関連を含むのが*をつけた小項目ですが、多くには細項目がついていて、2の(12)には、
ア 視覚障害者(点字翻訳を解する者)が参加した場合
イ 聴覚障害者(手話通訳者を解する者)が参加した場合
ウ その他の工夫例
とあります。これを見ると視覚障害者に「(点字翻訳を解する者)」と注記し、聴覚障害者には「(手話通訳者を解する者)」と注記してあります。これを見た人の中には、最高裁も障害者にもさまざまなケースがあり、それぞれに適した対応が必要なことをようやく認識するようになったと思う人もいることでしょう。一瞬ですが、実は私もそうでした。ところが目次のどこを探してもこれらの対応項目である「視覚障害者(点字翻訳を解しない者)が参加した場合」および「聴覚障害者(手話通訳者を解しない者)が参加した場合」というのは存在しないのです。厚生労働省の『平成18年身体障害児・者実態調査結果』 によれば点字あるいは手話を主なコミュニケーション手段とする視聴覚障害者は、それぞれ2割程度とされていますので、残り8割は一切扱われていないことになります。官僚的思考で言えば、それぞれに対する模擬裁判は行われていないのであるから、それらの対しての成果や課題は存在しないことになり、したがって報告書に記述がないのは当然ということになるのでしょう。
しかしこれは新しい制度を作り、国民全部を裁判制度に組み込もうとする者の態度として是認できるものでしょうか? 最高裁はかねてからいろいろな場面で「聴覚障害者に対しては手話通訳と要約筆記で対応する」と述べていました。そこで各種のルートで筆記による模擬裁判を行うよう要請したのですが、最高裁はことごとく拒否しました。その理由も、「もう時間がない」から、「検証用模擬裁判では、あらかじめ検証事項を定めて時間をかけて準備をするので、制度施行まで3ヵ月となった現段階においては、既に予定されている以上に新たな検証事項を定めて検証用模擬裁判をすることは困難だと思われます。なお、制度実施後は、実施状況を踏まえて必要な検証を行う予定です。」というのもあり、これでははじめからやる予定はなかったと解されても抗弁できないでしょう。
さらに最近では、手話通訳に加えて、従来の裁判でも経験の蓄積がある筈の外国語通訳を加えた模擬裁判まで行っているのに、筆記によるものがないのは何故かという問に対しては、「たまたま手話通訳による模擬裁判が実施できたということであって、要約筆記より手話通訳をより重視しているということではありません。外国人被告人の要外国語通訳事件の模擬裁判についても同様です」という回答でした。付け加えれば手話通訳による模擬裁判は十回を超えているはずです。最高裁によれば、10対0のアンバランスは「たまたま」によるランダムな現象であるということになります。この調子では日本の裁判に対する危惧の念を感じることになってしまいそうです。
もちろん手話通訳は必要です。法曹関係者も見慣れないものですから、模擬裁判によってなれさせる必要もあるかもしれません。一方で筆記は見慣れたものですから、聴覚障害者にとって情報保障のための大事な方法の一つであるという認識がなければ、関係者から多少のことを聞いておけば、変わったことをするわけはないからぶっつけ本番でもいいだろうということになるかもしれません。本当にそうであるか? 『成果と課題』にある記述で考えてみます。
「模擬裁判での工夫例」という細項目から例を引きます。
① 手話通訳者に対しては,事前に裁判員裁判のパンフレットを送付するなどして,刑事裁判への理解を深めてもらうとともに,裁判官との事前打合せの機会を設けて,法廷内や評議室での立ち位置等を確認した。
⇒(本来なら記載されるべき筆記担当者への工夫)
① 筆記担当者に対しては、事前に裁判員裁判のパンフレットを送付するなどして、刑事裁判への理解を深めてもらうとともに、裁判官との事前打ち合わせの機会を設けて、法廷内や評議室での位置や交代時の動線等を確認した。また事件に登場する固有名詞等の読みや用字に関する情報を提供した。
② 聴覚障害者の裁判員役が,証言台で発言する者の表情等と手話通訳を同一視野に入れることができるようにするために,証言台の延長線上に手話通訳者を配置した。
⇒(本来なら記載されるべき筆記通訳利用者への工夫)
② 聴覚障害者の裁判員役が、証言台で発言する者の表情等と筆記を表示するディスプレイおよび法廷のスクリーンを同一視野に入れることができるようにするために、適当な座席の配置とした。
③ 手話通訳者は,3名で各20分をめどに適宜交代することとし,交代を円滑に行うため,法廷内に適宜着席してもらった。
⇒(本来なら記載されるべき筆記通訳利用者への工夫)
③ 筆記担当者は,かねて取り決めた人数でこれも取り決めた時間をめどに適宜交代することとし、キーボード等を各人が持つため全員がはじめから一定の位置に着席できるようにした。それが物理的に不可能な場合は、交代を円滑に行うため動線についても考慮した。
④ 評議室においては,聴覚障害者の分かりやすさの観点から,手話通訳者には聴覚障害者の対面に着席してもらった。
⇒(本来なら記載されるべき筆記通訳利用者への工夫)
④ 評議室においては、聴覚障害者の分かりやすさの観点から、筆記担当者の一部に聴覚障害者の隣席に着席してもらった。
これ以上の説明は不要だと思われます。
☆最高裁 証拠探さず 配慮せず
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