テレビ番組三題(1)廃仏毀釈 | 回廊を行く――重複障害者の生活と意見

テレビ番組三題(1)廃仏毀釈

鶴岡八幡宮大塔取り壊し(1870)以前の鶴岡八幡宮大塔

通勤の必要がない退職後の生活ですが、こうも暑いと家にいてもまとまったことができず、夜寝苦しいことも手伝ってテレビにかじりついていました。あしかけ二日で続けて3本の録画を見たのですが、それぞれに感じたことがあるのでまとめて書いてみます。

(1)『その時 歴史が動いた』 日本人の心を守れ~岡倉天心・廃仏毀(き)釈からの復興~  NHK
 本放送:2008年5月14日 (水)  
 再放送:2008年8月12日早朝

これは眠れないのでつけたテレビで偶然放送していたもので、はじめの10分あまりは見逃したのですが、岡倉天心の美術行政家としての業績のひとつが、廃仏毀釈によって損なわれた仏像等の保護と修復であったことを初めて知り、大変有益でした。

単なる美術品であればオリジナルが尊重され、破損された部分はそのままにして保存するところを、仏像の場合は信仰の対象でもあるから、修理に当たっては
遺されている姿をこれ以上損傷させないよう保持することを目的とし、部分が欠けていてそのままでは信仰の対象となりにくい時は取り外し出来る部分を作って補修復元するという方法を天心が確立し、それを「現状維持修理」という呼ぶようになったということです。

これも貴重な知識でしたが、それよりも印象に残ったのは
、画面に映し出された廃仏毀釈によって損なわれた仏像等の惨状です。廃仏毀釈については神仏習合状態の神社と寺院とを強制的に分離させた程度の知識しかないのですが、その過程で多くの、今なら文化財とされるような仏像等が破壊され棄てられている様はショッキングでした。ある仏像など手足を切り取られ、顔も削られているのは、あの鶴彬 の「手と足をもいだ丸太にしてかへし」を思い出させました。実際に薪として焼かれたものもあったそうです。

ここで思ったのですが、神道による政教一致を目指した明治政権の政策のもたらしたこの状態を、日本の歴史を考える人々はどう位置づけているのでしょうか? もっとはっきり言うと、戦前の日本の方を今よりもよしとし、あわよくばそこに回帰したいというような人々は、
廃仏毀釈のような出来事も肯定するのでしょうか? あるいはこれは太平洋戦争の期間における軍隊のいくつかの暴虐と同様、なるべく口にすべからざることとして蓋をしたいことなのでしょうか?

いずれにしても彼らの理想とする日本が、いつの日本であるかという問題は、いつか機会があれば問い詰めたい問題です。実際はそれはいいとこ取りのモザイク細工であって、過去にも、もちろん現在にも存在しない、存在し得ないものであるかもしれません。彼らが何かと言うと目の仇にする戦後の「民主化された日本」の方が、まだしも実体を持っているのだと思われます。

☆政(まつりごと) 耶蘇も仏も 痛めつけ


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