ライブドア判決
ライブドア事件の判決では宮内元取締役が懲役1年8月の実刑とされたそうですが、これは明らかに堀江元社長とのつりあいで、宮内元取締役としてはあれだけ検察に協力したのにと納得できないことでしょう。そこで大本の堀江元社長への判決ですが、2年6月の実刑というのは正直厳しすぎるという印象です。カネボウの粉飾決算では元社長は懲役2年執行猶予3年、元副社長は懲役1年6月執行猶予3年。粉飾額がライブドアの10倍以上ということを考えると、ちょっとうなずけません。よほど堀江元社長の犯情が重いということでしょうが、その大きな理由が「反省の色がない」というのでは、今後は身に覚えのない被告もとにかく自白して謝罪しろと言っているようなものです。
しかし判決文を検討などという芸当はできませんから量刑についてはこの程度として、気に入らないのは最期の裁判長訓示というやつです。
「裁判所から君にいっておきたいことがあります。今回の事件に関し、裁判所に何通かの手紙が届いています。その中に、ハンディキャップを背負ったお子さんを持つお母さんからの手紙がありました。大きな夢を持ち、若くして企業を興し、上場企業にした堀江貴文被告の姿に勇気付けられ、ハンディを克服して働く力をもらったという。その証として、貯めたお金でライブドアの株を買って、今も持っているそうです。…有罪判決になったからと言って、あなたの生き方すべてが否定されたわけではありません。勇気づけられた人たちを思い出し、罪を償い、能力を活かして再出発することを期待しています」(ZAKZAK より)。
「ハンディキャップ」というのは報道では「障害」というのもありましたが、こういう場面で障害者を持ち出すのはいい加減やめてほしい。ルソー流の「聖なる野蛮人」ではないですが、障害者がそれ自身の価値観を持たずに社会と白紙で接しているというのはまったくの神話なので、それが堀江元社長を尊敬しようが軽蔑しようが、あるいは励みとしようがしようまいが、この際は関係ないのではないでしょうか。手紙の内容はそういう風に考える人もいるということで、障害云々は余計な条件です。「障害者ですら」と弱者の意見だと言いたかったのでしょうか。
早い話が、件のお子さんがどういう障害かも言っていません。お母さんからの手紙というからには、本人は手紙を書くには精神的にまだ幼いのか。それだったら企業⇒上場というプロセスを理解できたのか。株は買えたのか・・・手紙の主張はこのお母さんのものではないのか。さらに裁判官ないし裁判所宛の手紙を、さすがに読み上げはしなかったようですが、裁判という公開の場で引用することは許されるのか。個人情報の保護はどうなったのか。そして何よりもこのような手紙を読んで感銘し、それを判決に添えるという主観的な行動は、証拠を冷静に判断し、量刑を論理的に決定するという裁判の仕事にふさわしいものか?
ライブドア裁判の裁判官の年齢は知りませんが、日本の制度では多くの裁判官は司法試験に合格し、研修の後ですぐ任官する。つまり現実の社会についての経験は貧弱なわけです。よほどのベテランになれば別でしょうが、たとえ相手は犯罪人としても人に訓戒をたれる資格のある人がそうそういるとは思えません。これが欧米だと法曹一元で、弁護士や検事の経験者から選ばれることが多いと聞いていますから、その発言も蓄積した経験からのものと受け入れることもできるのかもしれませんが。
☆判決後 説教されるも 想定外
人気blogランキングへ
↑↑<クリックお願いします>↑↑
