スポーツとナショナリズム | 回廊を行く――重複障害者の生活と意見

スポーツとナショナリズム

 WBCで日本が奇跡的に命拾いし、準決勝では連敗していた韓国に勝ったのは、やはりうれしいことです。ただしこれは日本が勝ったというより、王監督とイチロー選手という、好感を持っている人たちの努力が報われたからうれしいという部分が大きいと自分で思います。早い話が、王監督は台湾籍のはずですしね。

 しかし私の場合はナショナリズムの要素は薄いのですが、ニュースなどを見ていると、国対抗の形式から韓国への対抗心となり、さらに敵愾心に進むようで心配です。韓国から見てもイチロー選手の「30年は違うことを思い知らせる」といった発言を、日本人の韓国に対する優越感と感じているようで、これは文脈(どういうものか知りませんが)を離れ、歴史的条件を加味すると無理のないところもあります。サッカーなどでも、これは日本と韓国に限りませんが、ほとんど国際間の紛争に近いこともあるようです。

 まだ日本がサッカーで国際試合を行うようになる以前ですが、隣接した中南米の国がサッカー試合を契機に本物の戦争になったこともあるはずです。こういう話を聞くと、スポーツによる国際親善だとか、あるいはスポーツで発散させることにより戦争の可能性を少なくするとかいう言い方に、何がなし欺瞞を感じてしまいます。

 大きい事件で言うと、1980年の第22回夏季オリンピックは旧ソ連のモスクワで行われましたが、たしかソ連のアフガニスタン侵略があったことでアメリカ以下の多くの西欧諸国がボイコットし、日本もそれに倣いました。そしてその次の1984年のロサンゼルスでの第23回は、ソ連側諸国のボイコットとなりました。実は1980年のボイコットの理由がすぐ出てこなかったのですが、一方でこの両回の前後に国際関係が緊張したことはよく覚えています。そして、国際親善のためというオリンピックのせいでこう世界がきな臭くなるのでは、やらない方がいいのではないかと思ったことも忘れられません。

 王監督やイチロー選手のインタビューでの発言も、要約すると精神主義的なトーンが強くなるようです。プロとして心身でもって全力を尽くすのは尊いことですが、一方でスポーツはエンターテインメントであり、国威を賭けるというようなものでないことも、少なくともこの賢明なお二人には認識して欲しいものです。


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