ニーズに応じた改良を | 回廊を行く――重複障害者の生活と意見

ニーズに応じた改良を

 最近は使える物は親でも使えという考え方が、少し足りないのではないか。唐突かもしれませんが、障害者福祉に関してバリアフリーだユニバーサルデザインだと議論されるのを聞いて、私はそう思っています。

 一番気になるのはIT待ちみたいな傾向があることです。これはもっぱら身体障害ですが、いずれ技術の進歩で何とかなるというところがあります。あるいは技術の進歩を過信している。「情報保障(1)  」に書いたケースなど、その最たるものでしょう。メーカー関係者がこういうことができるというと、実地での使用などの検証をやらないで飛びつき、あまつさえその未検証のものを障害者に押し付けています。

 私の見るところITがもっとも有効に使われているのは視覚障害の領域で、ついで肢体障害でしょうか。内部障害は医療と密接ですから、ちょっと事情は違う でしょう。残る聴覚障害が難物で、音声認識は試みられていますが、発声の個人差の克服と、機械の耳に必要な音声のみを認識(カクテル・パーティ効果)させ るのが困難なところから、まだ実用化には至っていないようです。

 しかしすでに大きい進歩はある。携帯電話によるメールです。これは聴覚障害者にとって大きな福音で、これによって彼らは従来は不可能だった離れたところ にいる人との通信ができるようになっています。メール機能はおそらく聴覚障害者を意識して開発されたものではないでしょう。しかし、昔ベルが電話を発明し たのは夫人の聴覚障害に役立てるためだったといわれますが、結果として電話をとれないということを聴覚障害者の就職などの大きなバリアにしていたところ を、携帯によるメールは130年ぶりに電話の当初の目的を達成したと言えるでしょう。

 このように開発者の意図しなかった利用法はしばしばあるもので、福祉機器の開発者には既存技術から利用できるものを見つけ出すことにも力を注いで欲しい と思います。研究でも機器開発でも、いかにも「新しい」という印象を与えないとアピールしにくいという事情はあるでしょうが、そこは既存技術の利用による 成果を、障害当事者と共に説得力豊かに示すことで補うべきです。

 たとえば、電車や地下鉄やバスに駅名などを示す電光表示板が増えていますが、あれに事故や故障についての情報も出せるようにしたら、停車したまま動かないので戸惑っている聴覚障害者の助けになるでしょう。先日地震で帰宅の足が止まったときにつくづくそう思いました。

 呼吸障害でそう出歩くわけにはいかないので、以前何回か行った国際福祉機器展には残念ながら3年前から行っていないのですが、全体の傾向としてやはり新奇なものが多かったかどうか、見学された方に聞いて見たいものです。