3Dシアターを見終わり、外へ。

 

 

中庭に出ると、

たくさんの装備品が展示されていました。

 

 

 

 

1973年に配備された、

多目的ヘリコプターUH-1H

 

 

搭乗予定だったUH-1Jは、

このヘリの改良型になります。

 

 

 

 

 

 

横から見ると結構広い!!

 

 

パイロット2名、他11名が乗れるようです。

 

 

 

 

手前から、

●75式自走155mmりゅう弾砲

●74式自走105mmりゅう弾砲

 

 

74型と75型ということで、

ほぼ同時期の型なんですね。

 

 

 

 

そして、これが現在の主力である10式戦車

 

 

C4Iシステムという、

高度な情報処理システムを登載しており、

走るコンピューターと呼ばれているそう。

 

 

※wikipediaより抜粋

 

 

私の頭では追いつかない内容悲しい

 

 

 

 

こちらも手前から、

●90式戦車

●74式戦車

 

 

74式の1つ前の型に61式があります。

 

 

※乗りものニュースより抜粋

 

 

こんなにも、世代別に違いが!!

 

 

【乗員数】

61式・74式 … 4名

90式・10式 … 3名

 

 

【装填方式】

61式・74式 … 手動

90式・10式 … 自動

 

 

【最高速度】

61式 … 45km/h

74式 … 53km/h

90式・10式 … 70km/h

 

 

もちろん、もっとありますが、

私が分かる内容だけ書きました。

 

 

 

 

●89式装甲戦闘車

●87式自走高射機関砲

 

 

 

 

そして、このペリカンの口みたいなこちら。

 

 

94式水際地雷敷設装置といって、

敵の上陸用舟艇などを破壊し、

上陸阻止のために水際地雷を敷設します。

 

 

水上航走も可能ですが、

船舶免許は不要とのこと。

 

 

世界的にみても珍らしいんですってあんぐり

 

 

 

 

見学最後を飾るのは、

振武臺記念館です。

 

 

 

 

この日は閉まっていたのですが、

特別に開けていただきました…

 

 

ご担当者様、ありがとうございます泣き笑い

 

 

 

 

敷地で、なんとも古い山砲を発見。

 

 

 

 

昭和16年製ですが、

最大約7kmの射撃ができるみたい爆弾

 

 

 

 

さてさて、中へ入りましょう。

 

 

振武臺記念館のあったこの場所には

旧陸軍の予科士官学校があり、

57〜61期生までがここで学びました。

 

 

「振武䑓」は昭和天皇が命名。

 

 

戦後は米軍の施設となった後、

自衛隊の朝霞駐屯地になりました。

 

 

現在は、資料などが展示されています。

 

 

 

 

館内には、

●雄健(おたけび)神社

●玉音放送の複製レコード

●制服や礼服

 

といった品々が飾ってありました。

 

 

館内は撮影禁止でしたので、

詳しくはHPをご覧ください。

 

https://www.mod.go.jp/gsdf/eae/prcenter/shinbudai/index.html

 

 

そういえば、展示のひとつに、

「朝霞」の由来が書いてありました。

 

 

元々、朝霞駐屯地のあるこの辺りは、

膝折村と呼ばれていたそうです。

 

 

時は流れて昭和5年、

東京ゴルフ倶楽部(世田谷区駒沢)が

膝折村へ移転となりましたゴルフ

 

 

※みんなのゴルフダイジェストより抜粋

 

 

しかしゴルフ場の名前を決める際に、

「膝折ゴルフ場」って名前はどうなの?

と改名が決定。

 

 

確かにゴルフで

「膝が折れる」を連想させるのは不安

 

 

そこで当時のゴルフ倶楽部総裁だった

朝香宮殿下の名前をいただくことに。

 

 

しかし!!

またもや問題が。

 

 

殿下の名前を使うなど不謹慎だ!

となったため、

字を変えて「朝霞」となったそうです。

 

 

 

 

 

 

この日も朝の霞の影響で、

ヘリに乗れなかったしなー泣き笑い

 

 

紆余曲折ありましたが、

この地に合った素敵な名前ですね。