翌日、ホテルご安航を後にし、
仕事のため 呉へ。
フェリーには乗らず、
レンタカーで移動します。
仕事も無事に終わり、時間が少しあったので、
大和ミュージアムに立ち寄りました。
ここは、10分の1サイズで造られた
戦艦大和が
展示されていることで有名ですね。
戦艦大和は、史上最大の排水量・主砲(46センチ砲)を備えており、
当時の最先端技術の集大成とされていた、
世界最大の戦艦です。
日本経済新聞
以下、wikipedia参照。
●戦艦大和
【級名】大和型戦艦
【母港】呉
【所属】第2潜水隊群 第2潜水隊
【就役】1941年12月16日
【最後】1945年4月7日沈没
【基準排水量】64,000トン
【満載排水量】72,809トン
【全長】263.0m
【最大幅】38.9m
【最大速力】27.46ノット
【航続距離】16ノットで7.200海里(13,334km)
【乗員】最終時3,332名
【搭載機】5機(カタパルト2機)
艦首は逆光だったのが残念。
沖縄特攻作戦に出撃中、敵軍に攻撃されて沈没した戦艦大和。
沈没地点は、鹿児島県の坊岬沖です。
移動の詳細が書かれた画像を見つけたので、
貼らせていただきます。
ロカルわかやま
乗組員3,332人のうち、生存者は276人。
以前NHKで、生き残られた乗組員の方のインタビューを見ましたが、
戦艦大和の最後は想像を絶するものでした。
アーカイブがあったので、
是非、お時間のある方はこちらをご覧ください。
他にも、大和ミュージアムには見るべきものがたくさんあります。
零式艦上戦闘機六二型
特殊潜航艇「海龍」
あと、写真を撮り忘れましたが、
特攻兵器「回天」十型の試作型。
その搭乗員である、
塚本太郎さんの遺言を聞くことができます。
前半は、思い出について、
後半は、日本人としての誇りをもって死に逝く決意。
わずか22歳の青年が話しているとは思えないほどの、
落ち着いた声と意志の強さ。
そして、悲しいことに、
この回天を考えたのも、黒木博司さんという若き青年だったのです。
この黒木さんについては、後にブログで書く予定の、
第1術科学校にある教育参考館で知ることになります。
誰も幸せになれない戦争なんて
ばかやろーだ。
何度来ても学びがある大和ミュージアム。
是非、一度は行っていただきたいです。
へ続く