お盆が終わりましたね。
ディズニー映画の「Remember Me」を最近娘と一緒に観ています。
何度も何度も笑
初めて観た時からいい映画だなと思い、僕も飽きることなく一緒に観ています。
音楽が大好きな主人公の少年ミゲル君。
憧れのミュージシャンである、エルネスト・デラクルスを夢見て、家族の掟で音楽が禁じられているのにも関わらず屋根裏で手製のギター片手にエルネストの歌を歌っています。
メキシコの死者の日と言う、日本で言えばお盆の日(死者があの世から帰ってくる日)、彼はひょんなことから何と死者の世界に行ってしまいます。
そこで、死んだ自分の家族に会い、音楽が禁じられている理由を知ります。
死者の国で彼はさまざまなことを知り、困難に立ち向かっていきます。
この死者に国で彼が知ったことのひとが、「死者達は、現世の人の記憶に残って居れば死者の国に居続けることができるが、誰からも忘れられてしまうと死者の国からも消えてしまう」ということでした。
この映画を観ていて思うことは
1、日本のお盆と似ている
2、人に忘れられることはある種の死を意味する
ということです。
今日は2、について書きます。
映画の中で、現世の人から忘れられた人は死者の国にもいられなくなるとされています。
反対に言うと、現世の人の記憶に残っている限りは、死者の国で生き続けることができるということです(死者の国で生き続けという表現はどうかと思いますが)。
これは現世に生きる私たちの中でも言えることなのかなと思います。
今生きていても、誰の記憶にも残っていなければ死んでいるも同然で、死んでいても、他の人の記憶に残っていればそれは生きているのと同じことであるという考え方です。
吉田松陰の残した言葉で、私が死んでも私の魂は生き続けるというような事が「留魂録」に書かれていました。
人は生まれてくると必ず死を迎えます。それが分かっていてもなお生き続けるためにはどうするかを考えた時、人の記憶に残る事が考えとして生まれたのではないでしょうか。
お盆では、位牌を全部出してきて並べてお迎えをしますね。
お墓に参るときは故人を思い出すことでしょう。
これらは元々は後世の記憶に残り続けたいという思いから始まったことなのかもしれません。
最後に、僕の大切な友人が1年半前に突然この世を去ってしまいました。
仲間内ではこの友人の事がいつも話題にあがります。
彼には二度と会えないけれど、僕達の中ではまだまだ生き続けているんだなといつも思います。
以上、ここまで読んで頂きどうもありがとうございました。
少しでもあなたの参考になったり得ることがあれば嬉しいです。