14日、土曜日のテレ東で、ガウディ


ガウディ×ガウディに関わる皆さまのX



高砂の曽根天満宮から、ランチは姫路市内の凱旋門で


お店の名前がいいわ〜🎶

ジュリーがサリーとタローに呼び出されて、一緒にやらないか?

と誘われた喫茶店と同じ名前やん‼️

 

 


案内して下さったジュリ友さんによると、ここでボリュームたっぷりのモーニングが食べられるそうです。

12時過ぎてもモーニング😊

しかし、TVの県民ショーで有名になった、アーモンドトーストのモーニングは12時まででした。

 

1日中食べられるモーニングもあるので、そのメニューで探したら、あったのはアーモンドトーストは半切れだけのメニュー。

アーモンドトーストに、ホットドッグ、ナポリタン、野菜サラダ、ゆで卵。

はらぺこモーニング


写ってないけど、なみなみ入って溢れそうな熱々のコーヒー付です☕

糖質・脂質がこれでもか~! 太るのは必至の大皿にてんこ盛りメニューです!!😳

 

お皿を見ただけで、全部を食べるのは無理と諦めました。

ホットドッグを持ち帰りたいとお願いしたら、パックは一箱10円でした。

 

アーモンドトーストのパンはカリカリ、アーモンドの風味も良く、美味しかったです😊

ナポリタンは濃いめのしっかりした味付けで、量もたっぷり1人前。食べてもなかなか減りません😅

サラダ🥗の量も多くて食べきれず、少し残しました。

値段はパック代金込みで980円なり。

 

凱旋門さん、メニューの幅広さが半端なかったです。喫茶なのにウドンに丼ものも有りました。

モーニングだけでも、何種類あったことか😳

ジュリ友さんによると、かつては おはぎの入ったモーニングもあったのだとか。

こんなデカ盛りモーニングの有名店が姫路には他にも沢山有るそうです。

 

私が姫路に住んでいた80年代始めは、アーモンドトーストはまだ無く(いつから広がったのか分かりません)

姫路のモーニングの、安さとボリュームも知りませんでした。

世間に広まったのは、やはりTVの影響でしょうね。

 

姫路にお越しの際は、是非

1日中やっているモーニングをお試し下さい。

カフェなんぞとカッコだけつけて、一見オシャレ風の中身のない店とは全く無縁の昭和レトロ喫茶、誰もが喜ぶパワーがあります‼️

美味しくて絶対満腹、保証します‼️


さて次は、本日のメインイベントに向かいます。

姫路アクリエにやってきた、ワイルド・ワンズのライブへ〜🎶

8日は高砂市、曽根天満宮の梅祭りへ

 
日曜日、多くの参拝者で賑わっていました。
梅園では、紅梅、白梅、紅と白の絞り咲きなどが、辺りを華やかに染めあげていました。

 

桜🌸とは違う愛らしさ美しさに、見惚れました☺️
梅の花の可愛らしさに、気持ちが晴れやかになりました✨️✨️

 

 

その後は曽根天満宮の近くの高砂市の文化財、旧入江家住宅で開催中のひな祭りへ。

旧入江家住宅は、江戸時代後期に建築された屋敷です。

 

広い屋敷の奥の座敷や大きな土蔵は現在6年もの年月をかけて、修復中です。
まだ修復が始まってから1年、
完了したらまた来たいものですが、5年後の自分と世の中が想像出来ません😓

 

お昼になり、ランチは姫路市内のお店で

 

※画像追加(BOOWYの高橋まことさんの画像を下に追加しました)


J友さんが、3月6日のタローさんのトーク&ミニライブに行かれたそうで、レポを頂きました。

有難うございます♬

以下はジュリ友さんより

 

 

場所は銀座TACT

 

一部、二部、三部構成で

一部はプレゼント抽選会でした。
全員、空くじなし。

プレゼントは昔の明星や平凡、パンフレットなど。

プレゼントの目玉は昔の写真10枚、28名に当たりました。


写真は、タローさんのお母さんが持っていた物だそうです。

写真のお裾分けを頂きました。

 

J友さんは、タイガース・メモリアルクラブ・バンドのポロシャツが当たり、

一番欲しかったものなので嬉しかったそうです☺️

 

 

二部はタローさんのトークショー。

『河原町の三人の出会いが無かったらタイガースは無い、と言う話しを三人で今もよくする。
ここから始まる物語✨

まず、ピーがタローの事を覚えていなかったら、そもそもがない。
よく覚えていたな、
小学校3.4年でピーと一緒だったから。
今も、三人でよくご飯を食べる。

沢田のライブの打ち上げもあるから、四人で仲良し^ ^
残りの一人は、昔、ピーが連れて来ただけ。
アイビールックだから仲間になった。

かつみは良かったよな、ピーが誘って。


しかし河原町通りで、数分違っていたなら会えてない。
三条からピーとサリーが、タローが四条から歩いてきて。


サリーは北野中?と言う事で、

それまでは知らなかったけど、仲間になった。
当時は50人16クラスで800人もいたから、殆ど知らない^ ^


河原町で三人で会ってから。

河原町のタンポポというパチンコ屋で待ち合わせ
サリーは600円をパチンコで稼いで
田園の三人分をサリーが出していた。


ファニーズになり、最初はサリーがリーダーだが何もしないから、

こまめに営業をとるピーがリーダーに

ピーは、え?こんな店、と思うような場やプールなど、何でも取ってきた。

 

トークショーの始めにTMCBの映像が流れました。

太郎さんがこのユニット、TMCB(タイガース.・メモリアルクラブバンド)を

作った経過を話してくれました。



六本木のケントスに、GSブームが終わったあとの

GSのボーカル達が出ていて

太郎さんはそのたびに見に行っていた。


みんなでグループが出来ないか、と考えて交渉した。
マチャアキや順ちゃんは、事務所に断られた。
誘われてない、と言う人は、事務所には話してるから。


沢田研二は、横浜アリーナでやった時に出てくれた。
ジュリーは忙しいから全部は無理だし、ギャラの問題もあるから

8人ぐらいでTMCBグループになった。


「色つきの女でいてくれよ」の作曲は

コンペで自分が選ばれた。
沢田のも良かったけれど。
沢田は、「10年ロマンス」

自分は沢田研二に、色つきを全部歌って欲しいと思っていたが、

高音部はかつみになった。
かつみの声が大きいから目立つ。
かつみに、いい曲をありがとう、と言われたから、ああ・・どうも。
わざわざ、おまえの為に作った訳ではない、とは言わなかった(^^;
会場爆笑(笑)
太郎は、NHKのソングスでも話したけど、

タイガースになる前が一番楽しい時間だった。

 

会場にBOOWYのドラムの高橋まことさんが来ていて
中学2年からタイガースファンで、中3の時に

福島に来たタイガースを見に行ったそう。
彼もライブの最後の2曲に参戦しました。


(高橋まことさん)




(セットリスト)
ユードントノー
涙あふれて(アズ・ティアーズ・ゴー・バイ)
散りゆく青春
青い鳥
色つきの女でいてくれよ
シーサイド・バウンド

 

ジュリ友さん、詳しいレポを有難うございました!

嬉しいプレゼント🎁をタローさんから頂いて、いっそう楽しいライブになったようですね😊


タクトでは9日、トッポのライブが有ります。

ピーが営業でプールでの演奏を取ってきた話ですが、
私の同級生が親に連れられ、琵琶湖の水泳場に泳ぎに行った時、演奏していたのはファニーズだったそうです。

ジュリーの顔だけ覚えていたので、タイガースのデビュー後、TVに映ったジュリーを見て、あの時のバンド!!だと気がついたそうです☺️

神戸市にあった、うちから近いプールでも演奏していたそうですが、もう随分昔にプールは無くなりました。

 

 

 

 

ザ・ワイルドワンズ、リーダー亡きあと次男が加入 結成メンバー全員78歳も元気に毎月ライブ【徹子の部屋】(オリコンニュース) 

 

 

 

録画したのを見ました。

ワイルド・ワンズが解散せず、何故60年も続いているのか、それはメンバー達の仲がいいから。

彼達を見いだした加瀬さんの人を見る目、メンバー達の人柄だと強く感じました。

 

 

 

60周年を迎えたワイルド・ワンズの植田さん、鳥塚さん、島さん

3人の変わらない仲の良さ。

 

 

 

加瀬さんの次男の友貴さんが語る、父親としての加瀬さんの愛情深さ。

 

 

島さんは、憧れの加瀬さんがいかにオシャレでカッコ良かったかと語ります。

加瀬さんの持つセンスが、ハヤカワさんを見いだし、ジュリーに引き合わせたのだと思いました☺️

 

3人は普段は普通の老人だと言いますが、黒柳さんが78歳で3人のお腹が出ていないのは凄い!と。

 

 

加瀬さんが亡くなったのは2015年でした。

 

画像は1991年。

 
 

 

加瀬さんは最高のリーダーで、今でも感謝している、今でも会いたい。

そう語るワイルド・ワンズの皆さんの言葉に感銘を受けました✨️✨️

 

目指せ紅白!!

アルバムを出し、3月7日から60周年のコンサートツアーが始まるそうです🎶

 
2015年、中野サンプラザで開催された、加瀬さんの追悼ライブに参加しました。
友貴さんを加えて演奏するライブの途中から胸がいっぱいになり、滂沱の涙が溢れて止まりませんでした💧
 
あれから10年、そんなに年月が過ぎたのかと思います😢

 

 

 
 

 

 

いつの間にか、灘浜の河津桜🌸が満開になっていました。

そろそろ咲き始める頃かな、気になっていましたが、新聞に満開と載って行ってきました。

青空の下で見られて良かったです☺️

河津桜🌸の向こうは六甲山

平日のお昼は、おじさんが多し


菜の花や 
月は東に 日は西に


灘浜から次に、近く西郷川河口公園へ

地区の方が丹精こめた、お花も綺麗✨️







春ですね☺️

(※画像を追加しました)

2月19日放送の番組、BS日テレ
『そのとき歌は流れた』トッポがゲストです。


流れた映像は

日劇のステージ?ジャズ喫茶?と思われる場所に、ザ・タイガースのメンバーが登場

真ん中はジュリーだよね!

 

次はジュリーのアップかと期待したら

はて

アップになったあなたは誰ですか??

Who is he??

誰やねん!!

 

ジュリーではないことは分かるわ。

突然なんでジュリーではない別人のアップになるのか

理由が知りたいです!!"(-""-)"

ムムム・・・


※追記

ジュリ友さんから情報を頂きました。

『その時、歌は流れたのアップの人は、アダムスの轟健二さんだと思います。ハーイロンドンの冒頭のジャズ喫茶のシーンに、アダムスは登場しています。』

との事でした😳

教えて下さり、有難うございます。こうなった経緯に納得は出来ませんが、誰か判明したのでそこはスッキリしました。


土曜日のNHKBS「青春のベストソング」を見て思い出しました。

堺正章さんが
『タイガースはライバルでしたか?』の質問に
『タイガースは僕たちよりも2年後に出てきたので、ライバルとは思っていない。
僕たちのライバルは、ブルーコメッツ』だと語った時

『テンプターズはライバルですか?』と聞かれて
『テンプターズはライバルじゃない』とテンション低く語った、ザ・タイガースのメンバーのことを。

2月19日放送の番組でそう語ったのは、トッポでした。


『そのとき、歌は流れた』

時代を彩った昭和名曲

 

3億円強奪事件が起こった、この年(1968年12月)
学生運動、ゲバ棒・・・
若者のエネルギーが過激化した年
コーヒー1杯 82円
大学初任給 30600円

大人気スーパーグループの名曲
『その時、歌は流れた』


明星で募集した詞
スペシャルゲストは加橋かつみさんです

MCは太川陽介さんと吉川美代子さん、
吉川さんが大興奮!!

『私はタイガース派です!!
クラスの中でも、ジュリー派とか
トッポ派とか
ショーケン派とかありました!!』

(いやいや、ジュリー派、ショーケン派はあってもトッポ派はないでしょ。ゲストに気を使った発言ですね~ 吉川さん。そういう私はジュリーの次はトッポが好きでしたが)

ライバル心はそうとうあったんでしょ?
の質問にトッポは涼しい顏といつもの抑揚の無い声で
『ありません』
『テンプターズはライバルと思っていなかった、悪いけど ブッチギリだったから・・』
変わらない顔色で語ります。

「花の首飾り」の作曲家は、すぎやまこういちさん。
当時、女子で花を摘んで首飾りを作るのが流行った・・

というMCに
ゲストたちは若い人が多くて
してません。
吉川さん『当時、摘める花が無かった?』
太川さん『田んぼがないとね、(ゲストのトッポは)市内ですよね』
トッポ『無いです、有るわけない(京都市内だから)』

という、トッポたちの噛み合わない会話が続いて、田舎育ちの私は笑いましたわ(^^;
MCの太川陽介さんは京都の出身でも田舎だったのかな??(※太川さんは京丹後市出身だから、紛れもない田舎)
トッポの住んでいた右京区は広いですが都会で、トッポの近所には田圃はなかったのかも?

少なくとも、花の首飾りを作ることはないのでしょう。
田舎出身で、春には田んぼで白詰草で花の首飾を作るのは日常であった私には、田舎を馬鹿にされたようで、発言がとても嫌味に聞こえました(^^;

「花の首飾」は、すぎやまこういちさんが、ビージーズの「ホリデイ」を歌っているときに、すぐにひらめいて30分くらいで作った。加橋さんの透明感のある声だったから。




加橋『当時はビージーズやジミヘン、ストーンズを聴いていたのに、花咲く娘たちは~♬ なんてことを言ってんだろう、当時の男の20歳過ぎは少女趣味なことは考えない』

「花の首飾り」をトッポが歌いました。



MC『廃墟の鳩』はどういう思いで歌っていましたか?
加橋『山上道夫さん、村井邦彦さんにメッセージソングを書いて欲しいと発注した。広島の原爆を歌った曲です。聴く人は若い女の子だから、ダイレクトには言わないが、廃墟の上を白い鳩が飛んでいると、抽象的になっている。』
MC『そういう路線を自分としては目指したかったんですか?』
加橋『自分たちの好きなようにやりたかった。あの時分はプロダクションの力が強いから、1人で反抗していた』



関西フォークはメッセージソングを歌っていたが、グループサウンズGSがメッセージソングを歌うのは考えられなかった。

誰かが、意思をもってやらないと出来ない。ヒットしたのが凄い!



加橋『GSとは、勝手にマスコミがつけた。バンドをやっていると不良と言われた。不良なんかやったことが無いのに・・』



京都のジュリ友さんの証言によると、ジャズ喫茶の田園に出入りしているだけで、当時は十分に不良と言われたそうです(^^;



ザ・タイガースについて書かれていた、磯前順一先生が国際日本文化研究センターを退任されました。

数年前に2度ほど、大阪樟葉で開催された先生の講座に参加しました。

70年代のジュリーを書きたいと言われていましたが、その後はどうなりましたか?


2月27日、NHK大阪で開催された朝ドラ「ばけばけ」のセット公開に行ってきました。


今まで開催された朝ドラのセット公開には、私が最高傑作だと思う「カーネーション」、「マッサン」、「カムカム・エブリバディ」に行きました。


セット公開の最終日に近いせいか、多くの観覧者でNHK大阪は大盛況でした😳




ヘブン先生、おときちゃん、錦織さんの衣装

特に錦織さんのスーツには、女性達の熱い視線が集まっていました。
なんたって、あの超大ヒット映画「国宝」の次に出演した朝ドラですから、吉沢さんの演技には大注目していました!!
衣装は意外に小さいね、の声が周りから上がっていました。

展示品は、おときちゃん家族の住んでいたみすぼらしい天国長屋や、松江、熊本のヘブン邸などのスケッチ。
ドラマで使われた小道具など。


例え小さい物でも、どれもこれもがドラマには必要不可欠。
小道具達が人間達のドラマの世界にさらに深みを与え、作りあげ、盛り上げていました。


どれ1つが欠けても、今までにないムードと映像の朝ドラだと思う、ばけばけの独特の世界感を出せないのだなと感じました☺️




狐さん

そして次は、ドラマのセット展示へ。
普通は家のセットには屋根は有りませんが、明治時代の室内の光の加減を表す為に、屋根が有ります。

天国遊郭

おときちゃん家族が住んでいた、粗末で貧しい天国長屋



他には、美しい表紙の台本の台本の数々。

会場で美術のガイドブックをもらいましたが、そこには
『明治時代のリアルな空気感、日本家屋の美しい陰影
トキとヘブンの目に映った日本の美をコンセプトに、美術スタッフが細部までこだわりぬいて「ばけばけ」の世界を作りあげています。』
と書いてありました。
そのこだわり、確かにこちらに伝わっています☺️

ラフカディオ・ハーンは熊本のあと、神戸に数年住んでいたそうです。
ドラマは残すところ、あと1ヶ月ですが、神戸時代はどう描かれるのかな?と楽しみにしています☺️