キョウイチが横浜アリーナで法話をおこなった翌日のことだった。ユーチューブやフェイスブックに、キョウイチ救世法動画をも上回る衝撃を日本列島にもたらす動画がアップされた。
動画をアップした人物は、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の正規軍の中に存在するクーデター軍【ワイルド・ロマンス】の最高指揮官コウサカという男だった。彼は動画に中で力強くこう語った。
……日本中のみなさん、わたくしはクーデター軍【ワイルド・ロマンス】の最高指揮官コウサカと申す者です。
わたくしは今まで、このときを待っていました。
以前から世紀末の救世主として噂にのぼり続けていた進歩主義団体【ヴァージン・ビート】の総帥キョウイチ様。彼の先日の横浜アリーナでの法話を耳にし、ついに我々は決起を決意いたしました。
かなり前からクーデター軍【ワイルド・ロマンス】は【ロスト・イン・ザ・ダークネス】内に存在していました。しかし、内戦に踏み切れない状態が続いていました。
最大の理由は内戦後の指導者の存在です。正規軍相手に内戦で勝てるどうかわからない上、たとえ勝てたとしても、日本を1から建て直せるだけの政治的手腕を持つ者など【ワイルド・ロマンス】にはいません。そのため、どうしてもあと一歩を踏み出すことができなかったのです。
しかし、我々はついに本物の救世主を得ました。内戦後の日本再生は、すべてキョウイチ様にお任せして心配ないと判断しました。
よってここに、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の正規軍【シェイク・ザ・フェイク】に宣戦布告したいと思います。
内戦【メイス・ウォーズ】の場所は東京ドーム。日時は西暦3035年10月1日。午後1時。
クーデター軍【ワイルド・ロマンス】最高指揮官コウサカ
━━この動画がインターネット上に公開されるやいなや、日本中がキョウ様フィーバーを遥かに凌ぐ熱狂に包まれ、圧政と格差に辛酸を舐めさせられ続けてきたすべての日本国民が狂喜乱舞した。
ついにクーデター軍が革命を決意してくれた。さらに革命後の指導者にふさわしい救世主も登場してくれた。
舞台は整った━━日本中で差別と貧困にあえぎ続けてきた人々が、天に祈りのポーズをして滂沱の涙を流した……。
ところで、【メイス・ウォーズ】とはなんなのか?
西暦2900年代、世界中で悲惨な内戦が相次ぎ、人口激減のために滅んでしまう国が続出した。
そこで国際連合が内戦にも新しいルールを定めた。それは近代兵器の使用を禁じ、原始的な格闘のみで決着をつけるというものだった。
しかし、棍棒や鎚鉾(メイス)くらいの近接武器は使用してもいいことになった。そして多くの兵士がメイスを持って内戦に臨むようになったため、いつしか内戦のことを【メイス・ウォーズ】と呼ぶようになったのである。
ルールはシンプル。両軍おのおのから代表の1万人が戦いに参加し、どちらかの軍がひとり残らず戦闘不能になるまで続く。それを国際連合から派遣された5人のジャッジマンが見届けることになる。
ただ、この新ルールによって死者の数は激減し、衰滅する国があらわれることはなくなったものの、クーデター軍の勝利に終わったとしてもそのクーデター軍による悪政、または独裁がはじまるため、国が生まれ変わるという点ではほとんど効果がないというのが実状だった。
日本のクーデター軍【ワイルド・ロマンス】の最高指揮官コウサカもそのことを承知しており、たとえ【メイス・ウォーズ】に勝利したところでなにも変わることはないと半分あきらめていた。そんなときにあらわれたのがキョウイチであり、キョウイチの怪傑ぶりに感服したコウサカは、ついに【メイス・ウォーズ】を熟慮断行したのである。
そして、そのときは訪れた━━。
10月1日、午後1時10分前の東京ドーム。【メイス・ウォーズ】の模様はインターネットはもちろん、地上波のテレビでも生中継される。視聴率はいうまでもなく、限りなく100%に近いものになる。
一方、【メイス・ウォーズ】を宣戦布告された独裁政権側。たとえ独裁政権でも国際連合のきめたルールには従わなければならず、オサム・クマザキ総裁は正規軍【シェイク・ザ・フェイク】200万人の中から1万人の戦士を選出した。
刻一刻と午後1時に近づく時計。東京ドームにはすでに国際連合から派遣されたジャッジマンがついており、クーデター軍【ワイルド・ロマンス】と正規軍【シェイク・ザ・フェイク】それぞれ1万人の兵士たちも闘志を最高潮に高めている。
【ワイルド・ロマンス】が勝てば、それは新生日本革命の成就を意味する。一方、【シェイク・ザ・フェイク】が勝てば、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の独裁が再び最低でも30年は続くことになる。【メイス・ウォーズ】は30年に1回しかおこなってはいけないというルールが存在するのだ。
果たして、勝利の女神が微笑むのはどちらなのか……!?
そのとき、時計の針が午後1時を指した。国際連合のジャッジマンのひとりが、【メイス・ウォーズ】開始の合図であるピストルを天井に向けて放つ。
そのときだった!ひとりの人物が【ワイルド・ロマンス】【シェイク・ザ・フェイク】両軍の間に走り込んだのは。
「両軍ともお待ちなさい!」
それはマイクを持ったキョウイチだった。『何事か!?』と唖然とするジャッジマンたちと【シェイク・ザ・フェイク】の兵士たち。
テレビの前ではタクヤたちが絶叫していた。
「キャァァァ、キョウ様!」
「きまってるぅぅぅぅぅ」
ユーレイは無言で、クラウディアは余裕の表情だったが、ユミリはつーと涙を流しながら『……カッコイイ……』とつぶやいていた。
━━東京ドームに突如出現したキョウイチ。なぜ【ワイルド・ロマンス】の兵士ではない彼が乱入できたのか。実はここまでの段取りを、キョウイチとコウサカが事前に打ち合わせしていたのである。
しかし、あとはすべてキョウイチ任せ。コウサカはただただ天に祈るのみだった。
当惑と動揺で激しくざわつく【シェイク・ザ・フェイク】の兵士たち。彼らは鬼の形相でがなった。
「おまえはキョウイチではないか!」
「なぜおまえがこんなところにいるのだ!?」
「この場で殺されたいのか!?」
そんな彼らにキョウイチは強くいった。
「お待ちなさいといったはずだ」
キョウイチのマイクを通したすごみのきいた声に、【シェイク・ザ・フェイク】の兵士たちもやや押し黙る。
「クーデター軍側からも、正規軍側からも、たったのひとりの死傷者も出てはならない。そして、たったの一滴の血も流されてはいけない」キョウイチはいった。「死ぬのはオサム・クマザキひとりだけで充分」
キョウイチの言葉に興醒めした【シェイク・ザ・フェイク】。彼らは肩に担いでいたメイスを下ろしてキョウイチを見つめ出した。
「いきなり飛び込んできて悪いけど、まあ、ボキの話を聞いてよ」キョウイチはいった。「戦争や内戦って、話し合いで決着がつかなかった場合の最後の政治的手段といわれるけど、戦争や内戦なんてやらなくても決着はつけられるんだよね」
無言の【ワイルド・ロマンス】と【シェイク・ザ・フェイク】。
「まず、なぜ戦争というものが起きるのか?根本的なところからは話をはじめたいと思う」キョウイチはいった。「なぜ戦争が起きるのか?答えは【兵力が厖大にあるから】だよ。たとえば、仲が悪いA国とB国、それぞれに兵士が10人ずつしかいなかったとしたらどうなると思う?たったの10人ずつ同士で戦争なんか起こす?起こさないよね?たったの10人ずつ同士で戦争なんか起こしたら、両国ともあっという間に全滅しちゃうから」
ジャッジマンたちもキョウイチの言葉に耳を傾ける。全員、日本人ではなかったが、日本に派遣される人たちなため日本語には精通していた。
「だから、ぜったい、話し合いで決着をつけざるをえないんだよ。くり返すように、戦争ってのは、兵力が何万も何十万も何百万も、厖大にあるから起きるものなんだよ」キョウイチはいった。「そこですべての兵士たちに『みんなで兵士をやめれば戦争をしないで済むんだ』ということを教えるのよ。A国100万人、B国100万人、合計200万人の兵士たちに。その200万人の兵士たちがみんなで一斉に兵士をやめちゃえば、両国ともに兵力が0になるわけだから、戦争は起きなくなるでしょ?これが戦争をなくすボキの救世法」
日本中がキョウイチの言葉に耳を傾ける。
「クーデター軍も正規軍も、こんなナンセンスな喧嘩なんかしなくていいのよ。正規軍だって戦いたくて戦ってるわけじゃないでしょ?命令に背いたら【ロスト・イン・ザ・ダークネス】に痛い目に合わされるのがいやだから戦ってるだけでしょ?でもね、さっきいったように、みんなで一斉に兵士をやめちゃえば、命令に背いたあなたたちを捕らえて拷問をくわえる人材も政府にはいなくなるわけだから、なんにも心配はいらないのよ」
【シェイク・ザ・フェイク】側に徐々に戸惑いの空気が漂い出す。
「戦争とは、兵力が厖大にあるから起きるもの。兵力が0だったら戦争は起きない。だからみんなで兵士をやめちゃえばいいだけ。それだけで戦争や紛争をすべてなくすことができるのよ」キョウイチはいった。「給料がいいからやめたくない?ボキの貧困をなくす救世法をもう1度よく読んでみて。兵士として命の危険なんかおかさなくても、普通に労働をしていれば一生今以上の生活がおくれるのよ。戦場に出て傷のひとつも負わずにのほほんと生きている、政府のトップの連中の命令なんかきく必要まったくないの」
日本中が静まり返った。
「これだけいえばわかったよね?さあ、【シェイク・ザ・フェイク】のみなさん、あなたたちが戦う相手は【ワイルド・ロマンス】ではないはず。今から大同団結してオサム・クマザキ総裁のところに攻め込もう!」キョウイチは声の限り叫んだ。「新生日本革命だ!!」
次の瞬間だった。【ワイルド・ロマンス】1万人と【シェイク・ザ・フェイク】1万人、合計2万人の精鋭たちとテレビ視聴者たちが狂喜の雄叫びをあげたのは。
持っていたメイスを地面に捨て、抱擁をかわす【ワイルド・ロマンス】と【シェイク・ザ・フェイク】の兵士たち。ただただ唖然として立ちつくすジャッジマンたち。
テレビの前ではユミリが涙を流し、クラウディアはフリージアのような微笑を浮かべていた。
そしてタクヤたちは……。