日本列島がお祭り騒ぎになっていた。
北は北海道、南は沖縄まで、日本中のどこもかしこも『我らの救世主キョウ様!バンザイ!』というきちがいじみた絶叫にあふれ、男も女も子供も老人も、誰もかれもが顔を輝かせて狂喜乱舞に陥っていた。
実はユミリはキョウイチのエリカとの対話と“エンジェル”との対話もケータイで撮影しており、それを毎度のようにユーチューブにアップしたのだ。プライバシー保護のためエリカと“エンジェル”の姿は映っていなかったが、キョウイチの発した男女差別のなくし方と貧困のなくし方を日本中の人々が耳にし、その瞬間に日本国民の歓喜が爆発を起こしてしまったのだ。
日本は下流階級の人間が圧倒的多数を占める。彼らにとってキョウイチの貧困をなくす救世法は、まさに地獄の闇からあらわれた曙光以外のなにものでもなく、赤貧生活をおくる何千万人もの人々がキョウイチを神や救世主と仰ぎ見た。
さらにである。キョウイチがかつて所属していた軍事訓練学校の卒業生たちが、自分たちの命を救ってくれた【いじめをなくす救世法】を発表。【これを法律化すれば、本当にいじめというものを根絶することが可能である!】と、一大キョウ様フィーバーの嵐は果てしなく激しさを増していった。
そんなキョウイチとクラウディアが暮らす足立区・竹ノ塚のちっぽけな一軒家は聖地と化し、日本中から救世主キョウ様を拝むべく無数の人々が連日にわたって押し寄せていた。
そんな厖大な信者たちを、ガンジら【アーバン・ジャングル】のメンバーやエリカら【ヒステリア】のメンバーたちが日夜統率していた。
「毎日毎日、こんなぎょうさん信者がやってくるとは……」と、苦笑まじりのガンジ。
「ええ、やはり僕たちの目に狂いはありませんでした。キョウ様こそ、まさにこの時代の救世主です!」と、感無量のトオル。
そのときだった。家の中からキョウイチとクラウディアが姿をあらわしたのは。
きゃゃゃゃゃキョウ様ぁぁぁぁぁぁぁ!━━その瞬間、竹ノ塚中が気がおかしくなるほどの大歓声に包まれた。キョウイチは軽く手をあげながら『どーもどーも』と答え、クラウディアは微笑みながらも耳をおさえながら出てきた。
そして彼らはタクヤたちに守られながら【フール・メンズ・パレード】に向かった。
いうまでもなく【フール・メンズ・パレード】も開店以来最大最高の盛況ぶりで、連日にわたって押すな押すなの大騒ぎだった。
さすがに【ロスト・イン・ザ・ダークネス】に睨まれるのが怖いため、テレビやマスコミはキョウイチの話題を取り上げることはなかったが、ユミリがユーチューブにアップした動画【キョウイチ救世法】シリーズのムーブメントの波は弱まることを知らず、キョウイチはもはや綺羅飄介以上の反体制のスーパーヒーローとなっていた。
━━その日の仕事を終えたタクヤたち。スタッフルームにマックスコーヒー片手のキョウイチが入ってくる。
「やあ、みんな、今日もごくろうさん」
「キョウ様!」顔をほころばすタクヤ。
「今日もマックスコーヒー片手の姿がきまってますよ!」と、コツ。
ユーレイは無言ながらもあたたかいまなざしをキョウイチに向ける。
「そうかい?ボキのマックスコーヒー片手の姿も、けっこうさまになってきたかい?」キョウイチはニカッと笑っていった。「ボキの影響で、【フール・メンズ・パレード】の売り上げだけじゃなく、マックスコーヒーの売り上げのほうもとんでもないことになっているみたいだね。今日なんかお礼にということで、マックスコーヒーつくってる会社からマックスコーヒー1000本贈られてきちゃって」
「せ、1000本!?」ぎょっとするタクヤ。
「僕たちにも分けてくれますよね?」
そういうコツにキョウイチはいった。
「ああ、もちろん。君たち先日、酒を完全にやめたことだし」
「そうよ。だって酒も子孫繁栄にとって矛盾の要素だものねぇ?」タクヤはいった。そんな彼の頭にキョウイチの言葉が蘇っていた。
……タクヤ、コツ、ユーレイ、君たちはボキの部下であり続けたいなら酒はぜったいに飲んではいけない。酒というのも矛盾の要素のひとつなんだ。
酒を飲むことによって人間は酔っぱらう。酔っぱらうことによって無数の人々に多大な迷惑がかかってしまう。管を巻いたり、暴れたり、挙句の果てには飲酒事故を起こしたり……。
この世に酒さえなければ、飲酒運転による車にひかれて亡くなる人はひとりとしてあらわれることはなかったんだ。酒とは人類を滅亡に近づける悪魔の飲み物なんだよ。
飲酒事故による死者がどれだけ出ようと、酔っ払いがどれだけ管を巻こうと暴れようと、人類が滅亡するなんてことはありえない。しかし、ありうる可能性が0.000001%でもある以上、酒という飲み物はぜったいにあってはならないものなんだよ。
……その日の帰り際、スタッフルームのパソコンでネットサーフィンしていたコツがいった。
「いやぁ、どこをのぞいてもキョウ様フィーバーばっかりだ」
「ウフフ、そりゃそうでしょ」と、タクヤ。
「でもさぁ、前にも同じようなことをいったと思うんだけど……」コツは声のトーンを落としていった。「やっぱり相変わらずいるんだよねぇ、キョウ様のアンチというか、理解を示さない輩が」
「マジで?どれどれ」と、キョウイチはパソコン画面をのぞきこんだ。するとそこには次のようなコメントが寄せられていた。
『なにみんなキョウ様キョウ様って浮かれてんの?バッカじゃねー?』
『あのキョウイチっていう男がなにかすごいことしたってのか?オレにはなにがすごいのかさっぱりわからねーなー』
『まあまあみなさん、キョウ様フィーバーってやつも自然と消えてなくなっていくだろうから、ここはひとつ冷静に現状を見守ろうじゃありませんか』
さらには次のようなコメントも寄せられていた。
『キョウイチっていう救世主(?)らしき男、とんでもないヘンタイらしいですよ。カノジョがいるにもかかわらず、きれいな祖母と毎晩……』
『そうそう。それから援交にはまってるのも有名ね』
『なんでそんなやつが救世主なんだ?おらにはまったく理解できねーなー』
……キョウイチたちはただただ呆然とするだけだった。