ある日、壮一は大学の学生食堂で友人の田丸という青年とコーヒーを飲んでいた。
「壮一のおふくろさん、なかなかおもしろそうな人じゃない。僕はきらいじゃないよ」田丸は穏やかな口調でいった。
田丸はぽっちゃりした体型の医学生で、壮一とは不思議と馬が合う仲だった。
「はあ、そうかい」壮一はため息まじりにいった。
「実は僕の母もちょっと天然なところがあってね。僕のものごころつく頃からコンスタントにいろんな失敗をくり返していたよ」
「コンスタントに?」壮一はくり返した。「たしかにうちのおばちゃんと一緒だわ」
「おいおい、自分の実の母親を【おばちゃん】はないだろう」
「中坊の頃は【バカ】って呼んでた」
その言葉に田丸はギョッとする。
「えぇっ!?母親をバカぁ!?」
「ああ、そうさ。バカって呼んでたね。毎日」壮一はいった。「しかたないだろ。ほんとにバカなんだから」
「で、でも……」
「それが今や【おばちゃん】だぜ。【バカ】から【おばちゃん】になったんだ。メチャクチャ大人に成長したほうだと自分では思ってるんだけどな」
しばらくして田丸がいった。
「……でもさ、母親におばちゃんは失礼だと思うよ。僕の母もバカっぽいところあるけど、そこが逆に憎めないというか、かわいかったりするんだよ」
「憎めない?かわいい?はあ、オレにはどうしてもそうは思えないね」壮一はそういって残りのコーヒーをぐっと飲み干した。
「どうでもいいけどさ、世界でただひとりのお母さんなんだから、もっと仲良くしたほうがいいよ」
壮一は無言のままだった。そんなことはわかっているのだが、どうしても田丸のように柔らかく考えることができなかった。生まれ持った性格上しかたのないことかもしれないが、壮一の苦悩はまだしばらく続くことになるのであった。