短編小説【トンビとタカ】 第6話【相撲】 | メシアのモノローグ~集え!ワールド・ルネッサンスの光の使徒たち~

メシアのモノローグ~集え!ワールド・ルネッサンスの光の使徒たち~

混迷をくり返す世界を救うべく、ひとりでも多くの日本人が現代に生を受けた意味に気づかなければなりません。世界を救うのはあなたの覚醒にかかっているのです……。

 幸田壮一、20歳━━彼は中学1年にして172センチという長身になったと書いたが、その後も身長は順調に伸び続け、20歳の現在は185センチをゆうに超す巨漢になっていた。そんな壮一は都内の一流大学に通っていた。

 

 
 幸田家は裕福ではなく、さらに父親も急性心不全で40代の若さで他界してしまった。そんな中、なぜ壮一は一流大学に通えるのか?

 

 
 実は壮一は高校時代、【紅蓮の爪】という対戦格闘ゲームの攻略ブログを運営しており、それが全国的な注目を集めて出版化され、高校生にして目眩がするほどの莫大な印税を手にすることに成功したのである。

 

 
 壮一の攻略法が書かれた本は完全にひとつのマニュアルと化し、もはや【紅蓮の爪】の人気が衰えない限り永遠に売れ続けるだろうといわれた。つまり【紅蓮の爪】が人気ゲームであり続ける限り、壮一は生活にまったく困ることがないのである。

 

 
 しかし、壮一には弁護士になりたいという夢があり、莫大な印税を学費に充てて大学に通うことになっていたのだ。

 

 
 父は他界し、兄も学生としてひとり暮らしをしている。一方、壮一も高級マンションでひとり暮らしをしたかったのだが、とりあえず母親である文恵をひとりきりにするわけにはいかない。そこで壮一は文恵に『一緒にほかのマンションに引っ越そう』といったのだが、長年の付き合いがある近所の人たちと離れたくないという理由で同じ団地に住み続けることになった。

 

 
 そんな文恵の最大の趣味は、NHKの相撲観戦だった。

 

 
 相撲中継がはじまると文恵は家事をぴたっとやめ、食い入るようにテレビ画面を見つめ出した。そして力士たちの勝敗に一喜一憂をくり返していた。

 

 
 そんな文恵をやはり壮一は好きにはなれなかった。

 

 
 文恵は相撲観戦が趣味といっても知っているのは力士の名前くらいで、戦術はおろか技の名前すらひとつとして知らないのだ。ただ単に太った裸の力士たちが、土俵の上で体をぶつけあって押し合いへしあいをする姿がおもしろいだけなのである。

 

 
 この点においても自分とは真逆だな━━と、壮一は深いため息をついた。

 

 
 壮一は前述したように、【紅蓮の爪】という対戦格闘ゲームのカリスマブロガーである。【紅蓮の爪】とはただ単にパンチやキックをくり出すだけでは永遠に勝つことはできない。勝つためには厖大な知識を頭にたたきこみ、深い戦術を練り込み、気の遠くなるほどの練習を積み重ねて戦術を自分のものにしない勝つことはできない。壮一はそんなゲームの世界の頂点に立った人間なのである。

 

 
 そんな壮一にとって、ただ力士たちが土俵の上で体をぶつけ合う様がおもしろい文恵の感覚は、到底理解などできようのない未知のファンタジーワールドだった。

 

 
 この人は本当にオレの実の親なのか?自分はこんなにも頭脳明晰で才知にすぐれているというのに、なぜこの人は果てしなく知能が低いのだろうか?━━壮一の文恵に対する疑心は大学生になっても晴れることはなかった。

 

 

 

目次へ

メシアのモノローグへ