短編小説【トンビとタカ】 第5話【バカ】 | メシアのモノローグ~集え!ワールド・ルネッサンスの光の使徒たち~

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混迷をくり返す世界を救うべく、ひとりでも多くの日本人が現代に生を受けた意味に気づかなければなりません。世界を救うのはあなたの覚醒にかかっているのです……。

 ある朝のことである。文恵が起きたばかりの壮一に『おはよう』と声をかけた。すると壮一は文恵に向かってなんとこういったのだ。

 

 
 「ああ、おはよう、バカ」

 

 
 制服に着替え、玄関で靴をはく壮一。彼に文恵は『気をつけてね』といった。すると壮一は再びこういった。

 

 
 「ああ、わかったよ、バカ」

 

 
 ……お気づきのように、この頃から壮一は母親である文恵のことを【バカ】と呼ぶようになっていた。世間からいわせれば『母親をバカとは何事だ!』と非難ごうごうなのだろうが、なにもかもが完璧の壮一にとってなにもかもががさつで、あべこべで、暗愚な文恵はもはや【かあさん】と呼ぶに値しない低劣な存在になっていた。

 

 
 「ねえ、バカ、晩飯なに?」

 

 
 「ねえ、バカ、そこの雑誌取って」

 

 
 「ねえ、バカ、今夜も6畳間で宗教の報告会かなにかやんの?」

 

 
 このように壮一は文恵のことをくる日もくる日もバカと呼び続け、もはや壮一の中では別段変わったことではない自然なことになっていった。

 

 
 が、文恵の側はさすがにそうはいかなかった。どんなときも軽く笑って済ますタイプの文恵も、息子にかあさんでもおふくろでもなく【バカ】などと連日にわたって呼ばれ続けたら気分が暗くうち沈んでしまう。

 

 
 ━━朝、相変わらず文恵は壮一に明るい笑顔で『おはよう』といった。すると壮一はこの日も相変わらず『ああ、おはよう、バカ』と返事をした。

 

 
 そしていつものように制服に着替え、玄関で靴をはいて学校に向かった。そんな壮一を文恵は苦悶の皺が刻まれた顔で見送り、切ないまなざしを壮一が去った玄関に向け続けた。

 

 

 

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