ある日の教室でのこと。授業が終わると先生がニールをはじめとする生徒たちに告げた。
「はーい、みんな静かに。今度の定例オペラ会の配役を発表する」
目を輝かせて小さくガッツポーズするニール。成績からいってニールに主役級の役が与えられるのは当然だったからだ。
しかし、先生の口から出た名前は予想とはまったくちがうものだった。
「主役はクリストファー、相手役アドリアーナ」
席を立ち上がって狂喜乱舞するニールの周りの生徒たち。ほかの生徒たちが重要な役を与えられる中、ニールに割り当てられたのはほとんどの出番のない脇役であった。
ニールは廊下で先生に問い詰める。
「どうして主役が僕じゃないんですか?」
先生はきっぱりといった。
「ニール、この演目の主役は白人だからだ」
絶句するニール……。
ヨーロッパの文化であるオペラの演目は重要な役は白人ばかり。どれだけ実力があっても、黒人のニールに演じられる役はほとんどなかったのだ。
「クソッ。ここまできたのに。もうおしまいだ……」
肩を落として落ち込むニールに声をかける人物がいた。
「バーカ。ったく、なにいってんの?まだはじまってもないでしょ?」
白人の恋人のヘザーだった。
「ヘザー……」
「歌は目で聴くものじゃないの。そうでしょ?」
ヘザーとは音楽のサークルで知り合った。黒人であることなど気にせず、ニールの才能を純粋に認めてくれる女性であった。
ヘザーの励ましもあり、ニールはそれからも必死に歌を磨き続けていった。が、そんな矢先のことだった。
レッスン中、ニールは喉になにか違和感を覚えたのだ。無理がたたって喉に声帯ポリープができていたのである。
「もううたえないんですか?」
深刻な様子のニールの質問に、担当医師は軽く微笑んでいった。
「手術をしなくても、半年くらいうたうのをやめればすぐに治りますよ」
「そんな……半年も……」
医師は気軽にいったつもりだったが、それはニールにとっては致命的な宣告だった。なぜなら音大の留年を意味するからだ。ニールにその学費を払える余裕などなかった……。