2009年7月14日、チャン・ジニョンは心身の療養のため、キム・ヨンギュンとともにアメリカ・ロサンゼルスへと旅立った。そしてふたりは新しい治療を受けるべくメキシコの病院にも訪れたりした。
そんなある日の夜のことだった。夜道を歩いていたとき、ふと足を止めてチャン・ジニョンがキム・ヨンギュンにいった。
「ずっと前の約束、覚えててくれたんだ!」
ふたりの眼前にはアメリカ・ラスベガスの絶景の夜景が広がっていた。そしてチャン・ジニョンは、かつてキム・ヨンギュンがいった言葉をくり返した。
「僕は嘘をつかない」
「僕は嘘をつかない」
チャン・ジニョンの声に合わせてキム・ヨンギュンも一緒にいった。ラスベガスの夜道で笑い合うふたり……。
むかえた7月26日、ふたりはラスベガスの小さな教会で結婚式をあげた。花嫁を飾ったのはシンプルなワンピースと赤いブーケのみ。立ち合う人もなく、正式に認められるような書類もない。形だけの、ふたりだけの結婚式だった。それでも花嫁は世界の誰よりも幸せに満ちていた。
が━━最後の望みをかけたメキシコでの治療も効果は得られず、帰国後にはガンが体中に転移していることが判明した。
━━2009年8月、チャン・ジニョンはもはやベッドから起き上がることすらできなくなっていた。医師がキム・ヨンギュンとチャン・ジニョンの両親にいう。
「あと半月、持つかどうか……」
ともに過ごせる時間はあとどれくらいあるのか?1分1秒が限りなく貴重な時間となった。
チャン・ジニョンの両親はもう手の施しようのない娘のため、痛みの緩和を目的としたホスピスへの転院をきめた。
そんなある日、キム・ヨンギュンがベッドの上の昏睡状態のチャン・ジニョンにやさしく語りかける。
「ジニョン、月曜日にほかの病院に移るからね。すごく眺めのいいところだからきっと気に入るよ」
そのとき、チャン・ジニョンの瞼がかすかに開かれた。
「……退院するの?」
言葉につまるキム・ヨンギュン。
「え?い、いや……」
「嬉しい。うちに帰れるのね……」
チャン・ジニョンは鎮痛剤の副作用で退院と転院を取り違えていたのだ。
ややたってからキム・ヨンギュンが微笑みながらいった。
「……うん、うちに帰ろう」
それはキム・ヨンギュンがついた最初で最後のやさしい嘘だった。