「お先に」仕事を終えたスタッフの女性が館長のヴィッキーにいった。「あら、館長、まだ帰らないんですか?せっかくの週末ですよ」
「そうね……」ヴィッキーは小さなため息まじりにそう答えるだけだった。
実は彼女は仕事以外にも深い悩みに苛まれていたのである。
━━帰宅したヴィッキーはリビングで雑誌を読んでいる娘のジョディに声をかけた。
「ただいま、今日はどうだった?」
しかしジョディはなにも返事をせず、舌打ちしてさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
ヴィッキーは結婚6年目の28歳のときに離婚し、当時6歳だったひとり娘のジョディをひきとった。それ以来、女手ひとつで育ててきた。
そんな中、弟がガンにかかって若くして他界。さらに兄はドラッグ中毒になり、猟銃で自殺してしまう……そうした不幸が重なったためか娘との関係もうまくいかなくなり、ここ数年会話らしい会話をしていなかった。ヴィッキーはどうすれば娘と打ち解けられるのか頭を悩ませていた。
翌日の朝食の席でのこと。ヴィッキーは明るい口調でジョディに話しかける。
「ママの図書館でね、子猫を飼ってるの」
しかしジョディは無関心な様子で答える。
「へぇ~」
「デューイっていうの。かわいいわよ」
しかしジョディはなにも返事を返すことはなかった……。
が、デューイがきてから1ヶ月がたった頃のことだった。
「ダメだ!」失業者の男性はそういって就職情報誌をたたきつけた。失業者たちの焦りはピークに達していたのである。
そのとき、デューイが失業者の男性のそばに歩いていった。
「ん?」デューイを見つめる失業者。しばらくすると彼の表情はほころび出し、微笑みながらデューイを抱きかかえた。
ずっと暗い表情だった失業者の男性が、はじめて笑顔を見せたのである。
彼はその後パッタリとこなくなったが、のちに就職することができたという連絡がヴィッキーのもとに届いたという。元失業者の男性は当時を振り返っていう。
「デューイのことは忘れないよ。当時はつらい状況だったけども、彼と触れ合うことによって生きる勇気をもらったんです。それでがんばることができたんですよ」
そしてもうひとつ、ヴィッキーたち図書館の従業員にとって印象的が出来事があった。
車椅子に乗って図書館にやってくる心の病を抱えた少女━━彼女は11歳のクリステルちゃんという娘なのだが、言葉で感情をあらわすことができず、常に悲しげな表情を浮かべ続ける娘であった。
そんなクリステルちゃんにデューイはいつものように駆け寄っていった。するとクリステルちゃんに明らかな変化が起きたのだ。
「……デュ、デューイ……」
ぎこちなく言葉を発するクリステルちゃんに連れてきた施設の職員がたずねる。
「クリステル、どうしたの?」
クリステルちゃんは再びデューイの名をか細い声で口にした。
「クリステル、声が出るの?すごいわ!」狂喜する施設の職員。
クリステルちゃんが生まれたはじめて言葉を発し、感情をあらわしたのだ。
その様子を遠くから見ながらヴィッキーは微笑まずにいられなかった。
その後もデューイはクリステルちゃんがくる曜日になるとまるで待っていたかのように駆け寄っていき、ふたりだけの時間を過ごしたという。
人の心がわかる猫━━こうしてデューイの噂は町中に広まっていった。