スペンサーの市民は生活にせいいっぱいの状況であり、図書館の利用者の大半は労働者の子供たちであった。子供たちの親は図書館を託児所のようにしか考えておらず、障害を持った子供も親ではなく施設の職員に連れられてきていた。
施設の職員に車椅子を押されて図書館にやってきた障害者の少女。彼女はその日も一言も言葉を発することなく、生気のない顔のまま漠然と時間を過ごしていくだけだった……。さらに館内の一角は就職情報を閲覧する失業者であふれていた。
「今夜は寒いわ、お気をつけて」ヴィッキーはそういって、薄着で極寒の外に出る失業者の男性を見送った。
そんな失業者の男性を見てスタッフの女性がいう。
「こんなに寒いのにコートも着てないなんて。持ってないのかしら……」
ヴィッキーはただただ心配そうに顔を険しくするだけだった。
そしてむかえた1988年1月18日、図書館の開館前のことだった。
スタッフの女性がヴィッキーに当惑した声でいう。
「館長、返却ボックスからなにか音がします」
「音?なにかしら……」
「また誰かのイタズラですかね……?」
この頃、返却ボックスに石やゴミなどを入れられるイタズラ被害にあっていたのだ。
返却ボックスにおそるおそる近づくヴィッキーとスタッフの女性。息をこらしてゆっくり返却ボックスを開けて中をのぞいてみると、そこにはなんと真っ黒に汚れた小さな生き物が入っていた。
それを見てヴィッキーがつぶやく。
「驚いたわ、こんなところに……」
それは寒さに震える生まれたばかりの子猫だったのである。そして子猫を抱きかかえたヴィッキーが驚いた声を発する。
「ああ!なんて冷たいの!」
ヴィッキーが自分の体で子猫をあたためようとしたが、事態は思いのほか深刻であった。
「足がしもやけだらけよ。それにちっとも鳴かないわ」スタッフの女性が心配そうにいう。
「このままじゃ凍え死んじゃうわ……」
返却口の高さを考えれば、生まれたばかりの子猫が自力で返却ボックスの中に入れるわけがない。おそらく捨てられた猫なのだろう。
動物病院に電話したが朝早いため誰も出なかった。ヴィッキーたちはバケツにお湯をため、それで子猫の体を必死にあたためることにした。
「震えが止まったわ!」しばらくしてヴィッキーが歓喜の声をあげた。
そして弱々しくではあるが、子猫は鳴き声をあげはじめた。なんとか一命をとりとめたのだ。しばらくすると猫は『ニャーニャー』と鳴きながらヴィッキーたちの顔を見つめ出した。人間に捨てられて瀕死の状態だったにもかかわらず、猫はヴィッキーたちを怖がる様子を一切見せなかった。猫はまるで感謝の気持ちを伝えるかのようにヴィッキーに体をゆだねたという。
ヴィッキーは当時を振り返っていう。
「子猫の信じきった表情を見て、飼おうと決心しました。この子はこの図書館に必要だと感じたんです」
━━オスの雑種で赤茶色の毛並みをしたその猫は、アメリカの図書館学者の名にちなんで“デューイ”と名づけられることとなった。