小保茂は収容所で2度目の冬をむかえた。
ある日の食堂でのこと。席につく日本兵たちに、ソ連兵がぎちこない日本語で歩きながらいう。
「今日ワ上官ガクル。いつもコンナ食事だとイエ。イイナ?」
いつも家畜用の飼料の粥しか置かれていないテーブルに、その日だけパンや缶詰などが置かれていた。小保茂ら日本兵たちはそれらをかみしめるように食べた。久しぶりのまともな食事は心を和ませたという。
が、そのときである。小保茂のパンを盗もうとする者があらわれたのだ。
「きさま!」小保茂はパンを盗もうとした相手の腕をとった。
そして相手の顔を見ると、なんと軍隊時代の上官だった人物だったのである。もはや誰もが自分のことしか考えられなくなっていたのだ……。
そんなある日、作業場に向かって歩いていたときのことだった。小保茂はなにかを発見して大声で狂喜の叫びをあげた。
「イモだ!イモだ!」
しかし━━駆け寄ってよく見ると、それはイモなどではなくただの石ころだったのである。空腹のあまり、いつしか幻覚を見るようになっていたのだ。
そしてその日の夜、日本兵たちの寝場所でのことだった。小保茂の隣で眠っていた日本兵が不気味な奇声を発して暴れ出したのである。
「おい!大丈夫か?」小保茂はその日本兵に声をかける。「落ち着け!落ち着け!」
そのとき、小隊長がやってきて暴れ出した日本兵に一切れのパンを差し出した。
「食べろ」
「しかし、それは……」小保茂がつぶやく。
「いいから食べろ」
小隊長に差し出されたパンを、奇声を発して暴れ出した日本兵は狂ったようにむさぼり食った。それでようやく落ち着きを取り戻し、その様子を見届けて小隊長は微笑んでうなずいた。
しかし、翌朝のことである━━。
小保茂の隣で眠っている日本兵がいつまでたっても起きようとしないのだ。異変に気づいた小保茂はその日本兵の体を激しく揺さぶった。
「おい起きろ!おい!おい!」
その日本兵は息絶えていたのである。飢えと寒さで力つき死んでいく者は後を絶たず、1000人いた日本兵はこの頃には半分にまで減っていた。
夜、小保茂たちは吹雪の外に亡くなった日本兵の遺体を置き、そっと両手を組ませてさよならを告げた。
「いつになったら帰れるんだ……」
そうつぶやく小保茂にさしもの小隊長も弱音を口にせざるをえなかった。
「帰れるわけない。このまま死ぬんだ……」
そして小隊長は亡くなった日本兵のそばで膝をつき泣き崩れた。