赤崎一雄の葉彩画
『(フランス語)こんにちわ。サロン・ド・パリ展覧会の事務局の者ですが……』
なぜかフランス語で話しかけてくる電話を受け取った一雄。『まちがい電話か?』という思いがよぎったが次の瞬間だった。
まさか!━━彼には思い当たるふしがあったのだ。
1ヶ月ほど前、一雄はとある美術出版社に作品を託していた。その出版社は芸術の本場パリの美術展サロン・ド・パリに日本の新人を持ち込む窓口になっていた。それに一雄は地元の朝市の様子を描いた≪朝市にて≫という作品を出品したのだが、なんとその作品が大賞を受賞したというのだ!
拾う神がついにあらわれた━━。
芸術の都パリが認めたことで葉彩画を取り巻く状況は大きく変わり、初心者向けの落ち葉のお絵かきの本が出版されたりと大反響を呼んだ。国内の葉彩画に対する偏見に満ちた批判もなくなっていき、ついに一雄の個展が開かれることとなった。
そんな一雄の成功を誰よりも喜んだのは無論、母アヤノであった……。
個展の中を一雄はアヤノと妻を連れて歩く。そして一雄の作品の数々を見ながらアヤノは微笑んでつぶやいた。
「立派じゃねぇ」
数年後、アヤノは入退院をくり返すようになる。
━━病院の外。一雄はアヤノの乗る車椅子をゆっくり押しながらいった。
「それでな、今度は福岡で個展が開かれると」
「フフ、そりゃよかったねぇ」アヤノは病など感じさせない微笑みで一雄の成功を喜んだ。
借金の問題もすでに解決。まさに一雄にとって人生の絶頂期といえた。
そのとき、一雄は地面に落ちている1枚の落ち葉を見つけた。そしてそれを拾って微笑みながらアヤノに見せた。
「やっぱり、捨てる神あれば、拾う神ありじゃね」
そういうアヤノに一雄はいう。
「そのかあちゃんの口癖のおかげじゃ、あきらめなかったとは。俺にとってはかあちゃんが神様じゃが」
「あたいが神様ね?」アヤノは笑い声をあげた。「アハハハ、おそれおおか」
「かあちゃん、退院したら必ず個展さ見にきてね。なあ、かあちゃん」
一雄はそういってアヤノを見たが、アヤノは目を閉じて眠りについてしまっていた。
が、なにやらいつもと様子がちがう。
「かあちゃん?かあちゃん?」
一雄がどれだけ呼びかけてもアヤノが目を覚まして返事をすることはなかった……。
アヤノは一雄の成功を見届け、79歳の生涯を静かに閉じたのであった。
赤崎一雄はいう。
「たいへんな生活をさせましたね、おふくろには、本当に。だけども、それが1番、今がんばれる原動力になっとるんですよ」
そういって赤崎一雄は涙を拭いた。
その後、赤崎一雄は自分だけの葉彩画ギャラリー≪赤崎一雄アトリエ・ステーション≫を開いた。そこに一際目を引く作品があった。
≪野良に贈ったパンと迷夢≫━━マジシャンが野良犬や野良猫たちに魚や肉、ソーセージなどを出してみせているというその作品には、落ち葉を魔法のように変えた自分の人生が重ねられているという。
その種明かしは、母が教えてくれたけっしてあきらめない不屈の精神なのかもしれない━━。
1枚の落ち葉から生まれた芸術(アート) 終わり