帰宅した一雄はさっそく新聞紙を広げ、その上に拾ってきた落ち葉を広げてひとつの絵を描き出していった。幼い頃の絵心が蘇ったのだ。
落ち葉でみずからが描く絵を輝く瞳で見つめる一雄は興奮して叫ぶ。
「すごか!すごかど!」
一雄の声を耳にしてアヤノが奥の部屋からやってきた。
「いったい何事か?大きな声を出して……」
「かあちゃん、見てくれや!」
一雄にうながされ、アヤノは新聞紙に目をやった。するとそこには葉っぱが見事に組み合わさり、ひとつの山水画のような絵ができあがっていた。
「ほお、なかなかよかねぇ」アヤノは感嘆の声をあげる。
「落ち葉で絵が描けるど!落ち葉を絵具の代わりにすっど!俺は落ち葉で絵を描くど!」
小さい頃から大好きだった絵の世界。一雄は自分が本当にやりたいことで最後の勝負をしてみたかった。
かくして世界でも例を見ない、落ち葉で絵画を描く挑戦がはじまった。
それから一雄は仕事の合間を見つけては素材となる落ち葉を探して集めるようになった。
しかし、そんなある日のことである……。
「かわいそうにね……」
「気の毒ね……」
近所の主婦たちが落ち葉を拾って集める一雄の奇妙な姿を見て噂話をしていた。借金苦のために頭がおかしくなってしまったと思われたのだ。
さらに実際の絵作りにも困難が立ちはだかった。ベニヤ板の上に下書きし、色とりどりの落ち葉を絵具のように切り貼りしていく作業だったのだが、そこに思わぬ落とし穴があったのだ。
数日後、絵を確認した一雄は驚愕の叫び声をあげる。
「なんじゃこりゃ!?こんな色じゃなかったはずじゃ!」
落ち葉が変色して真っ黒になっていたのである。さらに虫食いの被害にあって落ち葉がボロボロと落ちるようになってしまっていた。
一雄はすぐに対策をこうじた。虫食いの問題は消毒液と防腐剤で殺菌して解決。糊も虫が寄りつかない合成糊を使うようにした。変色の問題は新聞紙にはさんで乾燥させ、色が落ち着くのを待つことで解決した。
ひとり試行錯誤をくり返す一雄。昼間は仕事に打ち込み、あいた時間や休日を落ち葉の絵に費やす日々。周りからは理解されない孤独な作業が延々と続いた……。
そんなある日、一雄の前に大きな袋を担いだアヤノがあらわれた。
「かあちゃん、それ、どうしたと?」
「さあ、好きなだけ使いなさい。どうせただやて」アヤノはそういいながら拾ってきた大量の落ち葉を新聞紙の上に広げた。
そう。アヤノは近所の目も気にせず一雄のために落ち葉を集めていたのである。
━━落ち葉を集めるアヤノにいぶかしげに声をかける近所の主婦たち。
「ア、アヤノさん……」
「そんなもの集めてどうするんです……?」
「こ、これは……」たずねられたアヤノはこう切り返した。「煎じて飲むと薬になるんです。フフフ」
━━自分のために周りから変人扱いされながらも落ち葉を集めてくれた母に、一雄はただただ感謝の思いでいっぱいになった。
「……かあちゃん、ありがとう……」