━━1ヵ月後、以前、病院幹部に帰された親子が再び服部匡志のもとをたずねてきた。
「お願いです先生!この子の目をなんとか……」
涙を流して懇願する父親の姿を目にし、服部匡志は意を決して幹部に直接説得に当たることにする。
親子とともに幹部のもとを訪れた服部匡志は幹部にいった。
「私に手術させてください。今、手術しなければこの子の目は……」
「手術しても無駄だ」
冷たくつっぱねる幹部に服部匡志はいった。
「私は自分の技術を自慢したいわけではありません。たとえ手遅れであっても、息子を助けたいという親の気持ちを見殺しにすることはできません。お願いします!」
なんとか幹部を説得することに成功し、手術がおこなわれることになった。
通常、網膜剥離の手術は目に空気を入れ、縮んではがれた網膜を膨らませるのだが、重症の場合はパーフルオロカーボンという特殊な液体を注入する。この方法は非常に効果的だが、網膜に対する副作用があるため、手術終了間際には液体を抜き取ることになっていた。
ところが液体を抜くと、途端に網膜がもとに戻ってしまうのだ。これでは失明したまま。そこで液体を注入したまま経過を見て数日後抜くことにした。服部匡志は短期間なら副作用は問題ないという実例の論文を思い出したのだ。
しかし、ベトナムではあまり知られていない方法だったため、『人体実験だ!』『もうハットリに手術はさせるな!』など非難を浴びせられることになってしまった。
しかし、服部匡志はこの方法によって少年の目が治ることを確信していた。
それから数日後、病室の椅子に座る少年の目の前で服部匡志は軽く手を振る。
「どうだい?見えるかい?」
その横から父親もたずねる。
「どうだ?見えるか?」
息をのんで見守るスタッフの面々。
そのとき、父親が車のおもちゃを手にしていった。
「ほら、いつも遊んでいるおもちゃだ」
しばらくしてから少年は小さく微笑みながらいった。
「……パパ、見えるよ!」
狂喜する父親。
「本当か?先生、ありがとうございます!」
手術は見事に成功。しかし、喜んだのは親子と服部匡志だけではなかった。以前、服部匡志が真面目な話をしているとき、ケータイでメールをうっていた女性看護師をはじめとするスタッフたちも喜びを露にしていた。これを機にベトナムの若い医師たちとも気持ちが通じるようになっていった。
が━━誰にも負けない情熱と世界トップクラスの技術がありながら、服部匡志はその後、手の施しようのない壁にぶち当たるのであった……。