服部匡志が赴任したハノイ国立眼科病院━━そこは医療設備は乏しく、手術機器は時代遅れのものばかり。さらにメスの刃先は丸くなり、切れにくくなっていたという。
そんなある日の手術中のときのことである。服部匡志は助手にメスを頼んだ。しかし助手たちはメスを渡してくれず、仕事を切り上げて手術室を出ていってしまったのだ。そんな助手たちに服部匡志は声をかける。
「おい、君たち!」
当惑する服部匡志に助手のひとりがいう。
「食事の時間ですよ」
ベトナムでは12:00~PM2:00までが昼休みなため、手術中だろうとかまわず休憩に入る者ばかりだった。さらに夕方4時半になると勤務時間は終了し、待っている患者たちを帰してしまうのである。
社会主義国ゆえ働いても働かなくても給料は同じ。患者のために残業をするという発想自体がなかったのである……。
数日後、服部匡志はスタッフを集めてこういいきかせた。
「もし患者さんが家族の誰かだとしたら君たちはどうする?時間外だからといって追い返したりしないはずだ」
しかし服部匡志がどれだけいってもスタッフは真剣に聞こうとせず、ケータイでメールをうつ女性スタッフもいたほどだった。
さらにスタッフのリーダー的な青年が服部匡志にこういい放つ。
「どうせすぐ日本に帰るんだろ?ここは俺たちの病院なんだから俺たちのやり方でやるさ」
服部匡志は言葉をなくしてため息をつくしかなかった。