あるテレビ番組でのことである。演歌歌手の山本譲二がこのような話をしていた。
スケート場に行ったとき、スケートの経験などまったくないためぶざまに転んでしまったのだという。その様子を近くで見ていた中学生くらいの少年たちがバカにした笑いをあげ、それにキレた山本譲二が少年たちにこう怒鳴り散らしたのだという。
「おまえらだってはじめたばかりの頃は転んだりしただろうが!」
ある人は山本譲二のこの言動に『なにを大人げないことを……』とため息をつき、失笑をもらすのだろう。しかし山本譲二の怒りの感情と怒声は筋がとおっていて正しいものである。
いかなる分野においても、どれほどの達人だろうと初心者時代はあったはずだ。なにも知らず、へたで、弱くて、失敗ばかりをくり返していたみじめな初心者時代というものが。イチローしかり羽生善治しかり、どんなジャンルのどんな天才たちにもそうした初心者時代があるものなのだ。
山本譲二にとってのスケートもそのひとつにすぎず、スケートリンクで転んで尻もちをついたところでなにも恥ずかしいことではない、当たり前のことなのだ。そんな山本譲二を嘲笑った子供たちが完全に悪いのである。
この山本譲二のような怒りや屈辱感に襲われた人は、きっと世界中に星の数ほどいることだろう。では、どうすればそうした屈辱を味わわずに済むようになるのか?
子供たちが幼稚園、保育園くらいの幼い頃から“初心者への気遣い”というものを教えればいいのだ。
「Aくん、君は野球が得意なんだよね?でも、はじめたばかりの頃は上手じゃなかったでしょ?毎日練習をして上手になっていったんだよね?誰でもはじめはなにも知らなくてへたなものなの。だからこれから先、スポーツでも勉強でも遊びでも、はじめたばかりで上手にできない人を見かけてもぜったいにバカにしたりしてはダメだよ」
……先生たちが子供たちにこうした教育を幼い頃から施し続けるのである。それによって初心者の人を見下したり、嘲笑ったりする感情が子供たちの胸に発生しなくなっていくのだ。