きたろう
最近はめっきりテレビに出なくなったので、10代くらいの人たちには少しわかりにくいかもしれないのだが、かつて名ひな壇芸人にきたろうという人がいたのだ。
一世を風靡したギャグも強いインパクトを与える外見もないコメディアンだが、ときに卑猥に、ときにシニカルに、要所要所で放つシュールなギャグの数々で渋い存在感を誇っていた。
それでは、そんなきたろうのわたくしメシアが選ぶ名言たちを紹介しようと思う。
ひとつ目━━あるバラエティー番組にゲストに呼ばれたときのことだ。司会者に『その衣装、オシャレですね』みたいな感じで話をふられたのである。そしてきたろうはぽつりとこう答えた。
「ええ、そうですね。ドレッシーに」
ふたつ目━━ある深夜番組でのこと。女性司会者の目の前で股間をなにげなくいじっていたとき、女性司会者に『へんなところ触りながら話、聞かないでくれます?』と注意されたのだ。それに対してきたろうはこう切り返した。
「羨ましい?」
3つ目━━きたろうが司会をつとめるバラエティー番組でのこと。ゲストにたぶん吉本興業所属と思われる芸人たちが招かれ、きたろうが彼らをこのように紹介したのだ。
「どうも、司会のきたろうです。そして今回クイズに挑戦してもらうのが……」吉本芸人たちを軽くちらっと一瞥する。「……関西のみなさんでーす」
きたろうのこの言葉に吉本芸人たちに違和感が走り渡り、彼らは奇妙な紹介のしかたをされたことに疑問と当惑を隠さなかった。
「なんやその紹介のしかた!」
「関西のみなさんってどういうことや!?」
しかしポーカーフェイスのきたろうはそれ以上口を開かず、奇妙な空気のままクイズへと移行していった……。
ラスト4つ目━━忘れもしない1996年の日本テレビ≪ダウンタウン・デラックス≫でのことだった。
その回のワンコーナーにこのようなものがあった。テーブルの上に有名人の名前が書かれたカードがたくさん置かれており、ひいたカードに書かれていた有名人の悪口をいわなくてはならないというものだ。
それにきたろうはゲストとして呼ばれており、彼のひいたカードには“タモリ”と書かれていた。
1990年代といえばダウンタウンがタモリを激しくきらっていた時代。松本人志はそれを見て『いいのひきましたね~』といったりしていた。
次の瞬間、きたろうはタモリカードをテーブルにそっと戻しながら、悟りを開いた聖者のような静かな口調でこういった。
「この方のギャグで笑えたことがない」
……この方のギャグで笑えたことがない……この方のギャグで笑えたことがない……きたろうの放ったこのシュールな悪口にダウンタウンは抱腹絶倒の坩堝。笑いのツボをこれでもかこれでもかと押し続けるきたろうの一言に、特に松本人志は発狂寸前の哄笑をおこなっていた。
しかし、実はいい人のきたろう。そのあと微笑みながら『でも、ほら、(タモリさんは)人のギャグ喜んでくれるから』とフォローを怠っていなかった。
シュールな言動でマニアックなファンを獲得していた伝説のひな壇芸人、きたろう。現在のお笑い界には彼のようなタイプのコメディアンはまったく見当たらない。
たしかにきたろうの芸風は高度すぎるので、万人ウケして大ブレイクを果たすことは難しいだろう。しかし、私は現在のお笑い界にも、きたろうのような芸風のコメディアンが登場してほしいと強く願ってやまない。
