そのような、ことさら強い自分を演出するような感じで馬を威嚇して服従させようとするような態度が目立つ人というのは、
経験の浅い学生さんやクラブの会員さんなどだけでなく、いわゆる「女だてらに」毎日奮闘されている女性厩務員さんとか、年配のベテラン厩務員さんなどにも意外に多かったりするのですが、
要は、馬に対する恐怖心の表れであり、馬の行動や心理に対する理解の不足、あるいは馬のイレギュラーな動きに対応する上での技術・体力面での自信のなさからきているのだろうと考えられます。
相手がなぜそうした行動を取るのかわからない、暴れられたら対応出来る自信がないから、
その前に怒ってやめさせよう、というわけです。
そのようにして、未経験者よりもほんの少しだけ馬を知っている程度の人が、初心者に対してまず最初に「ナメられないようにする方法」を教え込むことで、それが常識であり唯一の正しい方法なのだと思い込ませてしまうことが、
その後の理解や上達を妨げてしまう、というような例は、
この世界では実は非常に多いのだろうと思います。
「馬は群れで生きる動物で、リーダーに従う」というのは確かにその通りなのですが、
同時に、馬というのは「被捕食動物」であり、緊張や恐怖を避けて安全・安心・快適を求めるような性向が非常に強く、
犬などのように積極的に何かの仕事をしてご褒美をもらったりするよりも、「プレッシャーから逃れて楽になること」を大きな報酬と感じるような性質があります。
ですから、人間からの適切なタイミングや強度のプレッシャーに対して「譲る」ような行動をとることで、楽になった、怖くなかった、という経験を繰り返すことによって、
だんだん落ち着いて、従順に、協力的になっていくような傾向がある反面、
毎回人間に連れ出される度に、ただひたすら不快なプレッシャーを受け続けることが繰り返されるような環境では、
多少褒めたりオヤツをあげたりしたところで、どんどん臆病で、猜疑的で、非協力的な感じになっていきます。
スポーツや芸事においては、先達の助言を素直に受けいれ実行してみようとする心がけが大事なのは確かですが、
真面目で素直な人ほど、不慣れで不安な初学の時期に教え込まれた、馬を大声で威嚇しながら「躾け」ようとするような扱い方を唯一の方法として固く信じて疑わないまま中堅・ベテランになり、
それをまた後進に伝えてしまう、というようなことが、
各地の牧場や乗馬施設、馬術部などの現場で繰り返されてきた、というのが、
この国の業界の実情なのではないかと思います。
とにかく馬にサボられないように、馬を脅して言うことをきかせるような方法を覚えることがビギナー卒業の条件とされているようなクラブや団体というのも今だに少なくないようですが、
馬の行動が「人を見ている」「ナメている」ような不従順な態度に見える時、その裏側には、恐怖や身体の苦痛、この先起こることへの予測、といった「その馬なりの理由」があるはずです。
指導者の心理として、レッスンで上手く動かない人がいると、自分の面子を守るためにもとにかく矢継ぎ早に場当たり的なアドバイスを繰り出してなんとかその場をしのごうとしてしまいがち、
というのは「あるある」なのですが、
脅してでもすぐに言うことをきかせなければ危険、というような場合は別として、
出来るならば、その原因となっているものを見つけ取り除いてあげるような方法を色々と考えながら工夫してみるようなやり方のほうが、馬の調教上も心身の健康の為にも良いでしょうし、
一見遠回りのようでも、馬への理解を深めて真に上達するためには、結局は一番の近道なのではないかという気がします。
【なめられる】
— 方条遼雨【上達論】甲野善紀共著発売中 (@HoujouRyouu) 2021年6月19日
なめられる事を恐れているうちは、人間として小物。