そんなわけで、今回の入院初日に予定していた列車に乗り遅れてタクシー使う大失敗をやらかした召使1です。

駅までの距離と時間を勘違いしてることに途中で気がついて、スーツケース引っ張って走ったのですが、あと1分のところで乗りそびれました。その自分のアホさ加減のショックがあまりにも大き過ぎて、入院初日の1回目手術の不安や怖さは、ほぼ消えていたと言う・・・。

さて、退院したものの2週間くらい車の運転も止められてるし、1か月くらい社会復帰出来ずにすることも無いので、20年前の百里基地航空祭を引っ張りだしてみたいと思います。はい、あのサンダーバーズが来日した「伝説の歴史的大渋滞」(かなりの広範囲で道路が完全に麻痺)を引き起こした日のお話です。

えっと、ムーンライトながらを使って徹夜移動し、石岡駅に着いた時点でバスはとんでもない並び列でしたが、土地勘の無い場所だったのでバスに並んだわけですが、それが失敗やったな。後で調べると、タクシーは見事に抜け道を走り抜けたとか。鹿島鉄道と徒歩を選ぶと言う発想も出来ず残念(2009年雨の浜松サンダーバーズではその学習が生きました)。結局、バスに乗るまで2時間並び、乗ったものの4時間揺られても辿り着く見込みも無く諦めて途中で降りて、時折り雨の降る中90分歩いて、お昼もとっくに過ぎた後で7時間半かけて百里基地に辿り着きました(道路で約15km)が、悪天候ノーフライト状態でした。

でもまぁ、歴史的な列線は記録することが出来ました。素人目線でも明らかに低く垂れこめる雨雲。もうこりゃダメやな、と思いながらも、撮るべきものだけは撮っておくか、と。

空自のいろんな記念塗装機を撮ってきましたが、今現在も一番「美しい」と思ったのは、501SQの空自50th記念機でしたね。よくワックスかけてもらったのか、雨粒さえも美しい機体やったなぁ。で、どこかで最前列入れないかなぁ、とウロウロしてる頃に雨も止んだのですが、無常にも「ブルー帰投」の案内が流れました。ノーフライトでお帰りになるようです。

ブルーのタキシーアウトを見送るバーズのグランドクルー達。ワンタイムアクロでも期待して見送ったブルーの話は、また次回に。あー、いろんな懐かしい記憶が蘇ってきたな。んじゃ。