そんなわけで、日本もその内に世界各国同様にデモやストライキが起こるような急激なインフレが来るのだろうかと考える召使1です。

トップバリューが頑張って値上げ最低限に頑張ってくれてますが、その取引先の経営や、そこで働く人達の賃金が大丈夫なのか心配になりますが、恩恵を受けてる間は最大限感謝したいと思いますな。

さて、3か月前の春の話に戻ります。まだメインの尾道の話を書いてませんが、先に尾道の後で行った岡山県北部、津山市に観光に寄ったお話です。長期遠征だったので尾道から山陽ルート使わずに、行ってみたかった施設に各駅停車で寄り道です。

早朝入りしたので、その施設が開館する前に、まずは春の桜を求めて津山城へ。さくら祭りが始まってましたが、まだ3月下旬では物足らない感じでしたが、満開を想像するとここはかなりフォトジェニックなお城でした。本能寺の変で討死した森蘭丸の弟が築いた天守は明治の廃城令で取り壊しされましたが、城跡は立派。満開の時に、また来てみたいお城でした。

そして目的地への道中、狙ってた旧国鉄色をゲット。JR東海のキハ40が最後、この塗装になって追いかけたのを思い出しましたな(JR東海に残る国鉄型キハ40系。 | 健太王国 (ameblo.jp))。

そしてやってきました「津山まなびの鉄道館」。いささか遠くて足の向かなかった1度行ってみたいと思ってた扇形車庫です。行ってみて知ったのですが、扇形車庫の中には入れないと言うことを。んー、ちょっと残念。ここにしかいない唯一のDE50とかよりも、この大きさの扇形車庫の中入りたかったなぁ。

で、DE50よりも来てみて喜んだ車両は、一番奥に停まってたDD16の304号機。なんとラッセルヘッド居るじゃないですか。DD15も居ますけど、やっぱりラッセル車はこれでないと。予備知識ほとんど無しで来ると、楽しみが増えますな。まだ次の冬、北海道でDE15は現役で走ってくれるかなぁ。

この扇形車庫、当たり前ですが昔は機関区だったわけで今もフェンス1枚隔てて隣に見えるのは、現役の津山運転区。キハ40やキハ120が目の前に見えます。これはこれで普段立ち入り禁止のような近さで写真が撮れるなかなか凄いスポットです。

令和4年、まだ目の前にこんなにキハ40達が見えるとは。あとどれだけこの光景が見れるんだろうねぇ。ちなみにこの写真は奥のキハ47 43まで線路5本通る奥行ありますが、絞りF32まで絞って撮ってます。好きな人にはずっと居られる光景かも。

お昼にホルモンうどんを食べて、帰路は初めての姫新線でゆっくり姫路に辿り着きました。トンネルでも山の頂上でも無いのに、途中スマホが圏外になったり、どうしてこの線路が25km/h制限なのか判らないような区間があったり、そりゃこれだけ人口が減少した地方の鉄路はモータリゼーションに勝てるわけないわけで、このままJR西日本が維持するのは難しいとは思いますが、この鉄路が長く続くことを祈りたいと思います。んじゃ。