いつまでエンジンかけてるの??という話 | 姉御的亜細亜生活◯JAPAN

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ときどき日本、ときどき海外。「姉御的亜細亜生活☆ホーチミン」の姉妹ブログ作りました。ホーチミン生活日記とは別に日本ネタはこちらの日本バージョンに書いていきます。海外かぶれ(笑)の久しぶりの日本ぐらし。

過去記事 で、「最近の日本は以前よりもより心の世界を重視するようになったのでしょうか?」ということを書きました。


今日の内容はその内容と対照的になるかもしれませんが、


最近、クリスチャンの方がうちに来て、パンフレットを置いていきました。


「苦しみはいつかなくなる?」というタイトルのものでした。


「こうゆうこと考えたこと、ありませんか?」と聞かれたので、


「そこまでの悩みはないですが、そうゆう苦しみをかかえた人がたくさんいる世の中ですよね。。」と答えました。



私自身は特に宗教をやるつもりはないですが、内面世界を否定するわけでもなく、スピリチュアル好きだし、心の世界も大事だと考えています。


ただ、生きているのはあくまで現実世界なので、内面ばかり見つめて現実的に何も行動しないのは、意味あるのかな?とも思います。(誰か特定の人のことを言っているわけではありません)



車のエンジンをかけていったい何時間、暖機してるの???いつ走りだすの??という感じです。

そのうち、一酸化炭素中毒で死んでしまうんでは?笑


現実的にアウトプットしないならじゃあ体を持って生まれてきた意味、って何なんだろ?って。

現実世界に生きている以上、しっかり暖機してガソリンチェックして、ルート確認したら、アクセル踏んだほうがいいのかな、と思います。


内面世界のみ見つめて現実では何も行動しない、というのは、車の中でずっとどこへ行こうかと考え事をしているようなものかな、と、


神社仏閣好きでもあり現実主義でもある私の今日の考え事。



だから過度に【困った時の神頼み】が依存になってしまうのはどうなんだろ?と思います。


「うまく走れるように」見守ってはくれるのかもしれませんが、すがる前にまずは自分でハンドル握るのが先かなと。笑


いつもありがとうございます。


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