米国から飛び込んできた日本人拉致事件への朗報

(古森 義久:ジャーナリスト、産経新聞ワシントン駐在客員特派員)
 
 米国の議会と政府が、北朝鮮による米国人拉致疑惑の解明に動く気配をみせている。日本人拉致の解決に向けて意外な側面支援となりそうな新たな状況が生まれてきた。 米国議会上院本会議は2018年11月末、中国雲南省で14年前に失踪した米国人男性が北朝鮮に拉致され、平壌で英語の教師をさせられている疑いが強いとして、米国政府機関に徹底調査を求める決議を全会一致で採択した。下院でも同様の趣旨の決議がすでに成立している。今回の上院での決議によって、トランプ政権が北朝鮮による米国人拉致疑惑の解明に本格的に動く見通しが生まれてきた。
 

 

 

 

© Japan Business Press Co., Ltd. 提供 デービッド・スネドン氏が消息を絶った中国雲南省の虎跳峡(出所:Wikipedia)

 

 この米国人男性の失踪は、北朝鮮による日本人拉致事件とも関連しているとされる。米国での今回の新たな動きは日米合同の捜査も求めていることから、日本の拉致事件解決への予期せぬ側面支援となる可能性が浮んできた。

 

スネドン氏は今も拘束されている?

 

 米国連邦議会上院本会議は11月29日、「デービッド・スネドン氏の失踪への懸念表明」と題する決議案を全会一致で採択した。

 

 

© Japan Business Press Co., Ltd. 提供 失踪直前のデービッド・スネドン氏

 

 同決議案は上院のマイク・リー議員(共和党)やクーンズ・クリストファー議員(民主党)ら合計9人により共同提案され、今年(2018年)2月に上院外交委員会に提出されていた。今回、その決議案が上院本会議で採決に付され、可決された。

 

 2004年8月、当時24歳だったスネドン氏は中国の雲南省を旅行中に消息不明となった。同決議によると、スネドン氏は、当時、雲南省内で脱北者や北朝鮮の人権弾圧に抗議する米人活動家を追っていた北朝鮮政府工作員によって身柄を拘束されて平壌に連行され、北朝鮮の軍や情報機関の要員に英語を教えさせられている疑いが濃厚だという。そのうえで同決議は、トランプ政権の国務省や中央情報局(CIA)などの関連機関に、徹底した調査の実施を求めている。

 

 スネドン氏は韓国に2年ほど留学した後の帰国途中、中国を旅行し、雲南省の名勝の虎跳渓で行方不明となった。当初、中国当局は同氏の家族らからの問い合わせに対し、同氏が渓谷に落ちたと答えていた。だがその後、家族の現地調査でスネドン氏は渓谷を渡り終えていたことが確認された。

 

 また、日本の拉致問題の「救う会」は、中国側から「当時、雲南省の同地域では北朝鮮工作員が脱北者などの拘束のために暗躍しており、米国人青年も拉致した」という情報を得ていた。その情報をスネドン家などに提供したことで、北朝鮮拉致疑惑が一気に高まった。

 

 決議案はこの展開を受けて提出されていた。米国務省は決定的な証拠がないと主張してこの案件に消極的だったが、今回の同決議の採択で本格調査を義務づけられることとなる。

 同決議は、スネドン氏が北朝鮮に拉致され、今なお拘束されている公算が高いと断定する。その主な根拠は以下の通りである。

 

(1)中国領内では同氏の事故や死亡を示す証拠は皆無だった。

 

(2)失踪当時、北朝鮮工作員の雲南省内同地域での活動が確認された。

 

(3)日本の「救う会」関係者が「スネドン氏は確実に北朝鮮工作員に拉致され、平壌に連行された」という情報を中国公安筋から得た。

 

(4)北朝鮮では当時、軍や情報機関の要員に英語を教えていた元米軍人のチャールズ・ジェンキンス氏が出国したばかりで、新しい英語教師を必要としていた──など。

 

 2016年には、「スネドン氏は平壌で現地女性と結婚して2児の父となり、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長を含む要人らに英語を教えている」という証言が韓国から伝えられ、米国のメディアもスネドン氏拉致説を一斉に報道していた。

 

調査が進まなかったオバマ政権時代

 

 今回の上院決議は拘束力こそないが、国務省やCIAをはじめとする関係省庁がスネドン氏の行方の本格調査を実施することや、日本や韓国の政府と協力し合って北朝鮮のスネドン氏拉致の可能性について合同調査を始めることを、米国政府に明確に求めていた。

 

 米国議会ではオバマ政権下の2016年9月に、下院本会議がスネドン氏の北朝鮮拉致説に関連して同趣旨の決議を採択した。しかし、当時はオバマ政権の中国への配慮などからスネドン氏の行方調査が実際には進まなかった。

 

 この間、日本側では元拉致問題担当相の古屋圭司衆院議員が、米側上下両院に決議案の提出と採択を一貫して訴えてきた。古屋議員は、超大国である米国が自国民の北朝鮮による拉致の可能性を認識し、その行方調査を本格的に始めれば、必ずや日本人の拉致事件の解決にも有力な材料になると主張して、米議会が動くよう働きかけてきた。

 

 今回の上院での決議採択は、上下両院がそろって同趣旨の決議を採用したこととなる。トランプ政権がついに腰を上げる確率が高くなってきた。