夏の間歌い続けていたキリギリスは冬に餓えて死に、働き者の蟻は夏場の蓄えで厳しい冬を乗り切る。
そんな話。
一部では親切な蟻がキリギリスに食べ物を分けてあげて、お礼にキリギリスがバイオリンを演奏してお返しする、というラストもあるそうで。
この話だと「たまたま親切な蟻が居た」のがキーになっているが、例えばもし、キリギリスに蟻や他の昆虫・動植物に対して「来年も生きていて欲しい」と思わせるだけの魅力があればどうだろうか?
「貴女の歌をまた来年も聞きたい。この冬は私たちの蓄えた食べ物で生きながらえて、来年もぜひその素敵な歌を聞かせて欲しい」
という結末になるのは必然ではなかろうか?
いや、「もし」の話ではない。
蟻たちの中にはもしかすると、「食べ物をあげよう」と巣の近くまで導いて、既に衰弱しきったキリギリスを餌にしてしまう者も居るかもしれない。
そうならないためにも、キリギリスは冬を越す為に「他の働く生き物」を虜にするだけの魅力を備える必要があるのだ。
それが、キリギリスとして生きるということなのだ。
冬を越せないキリギリスが居るなら、それはきっとキリギリスとして生きるために必要な魅力を備えられなかった、ただただ好きなように歌い続け、「相手を惹きつける」事を愚かにしてしまった結果なのだろう。
そんな話。
一部では親切な蟻がキリギリスに食べ物を分けてあげて、お礼にキリギリスがバイオリンを演奏してお返しする、というラストもあるそうで。
この話だと「たまたま親切な蟻が居た」のがキーになっているが、例えばもし、キリギリスに蟻や他の昆虫・動植物に対して「来年も生きていて欲しい」と思わせるだけの魅力があればどうだろうか?
「貴女の歌をまた来年も聞きたい。この冬は私たちの蓄えた食べ物で生きながらえて、来年もぜひその素敵な歌を聞かせて欲しい」
という結末になるのは必然ではなかろうか?
いや、「もし」の話ではない。
蟻たちの中にはもしかすると、「食べ物をあげよう」と巣の近くまで導いて、既に衰弱しきったキリギリスを餌にしてしまう者も居るかもしれない。
そうならないためにも、キリギリスは冬を越す為に「他の働く生き物」を虜にするだけの魅力を備える必要があるのだ。
それが、キリギリスとして生きるということなのだ。
冬を越せないキリギリスが居るなら、それはきっとキリギリスとして生きるために必要な魅力を備えられなかった、ただただ好きなように歌い続け、「相手を惹きつける」事を愚かにしてしまった結果なのだろう。