動物は種が減りすぎると過剰に種の保存を試みる。
同時に増えすぎてもその過剰反応を働かせる。
例えば、狭い水槽に10匹の魚を入れる。魚は群れをなして水槽を回遊する。問題はその水槽の許容ギリギリの15匹を入れる。何が起こるのか?
弱い種の排除である。回遊時に弱い種を群れから出して攻撃する。その魚は弱り死に絶える。共食いなどのケースもある。
これは何故かというとそのままにしておけば、住む場所も食糧も減るからだ。
その状況にて、種を保存するために自然淘汰を開始する。種を保存する上でどうせ残すなら弱い種より強い種を残そうと弱い種を淘汰する。
日本は江戸の元和偃武以来、戦争の無い世の中になり、人口の爆発的に増加した。それでも種自体の縮小(現に江戸時代の平均身長が室町末期より急速に縮んだ)する事によって乗り切るケースもあるが、これは世界的にも稀で海一つ越えれば、近年になるまで戦争が絶えた地域は皆無と言える。
一部のケースを除くが動物には増やすのみならず減らす行為もする。
人間においても、他の動物の様に殺すまではいかないが、集団生活になれない者達がいきなり集団行動をとると『いじめ』という酷似した減少が起きる。
〔少し余談にはなるが、海外の社会の授業では、事あるごとに白人達が黒人を木に吊るし上げ、リンチしていた写真などがモザイクなしで中学校のうちに教育される。日本では農民を虐げた歴史は教科書に載らない。〕
話しを戻して、、その最たるものが『戦争』だと私個人は戦争をそう理解している。多すぎた人口を減らすのに一番効率の良い手段である。
ここで本題。
「戦争理由の定義が種の保存を目的にした淘汰活動ならば、人口を人為的に操作出来れば。」である。
しかしそれは人為的操作なしでももはや本能的にそれを行っている。
現に日本は戦後の列島以上の人口増加のツケを現在精算している(草食系男子は生まれるべきして生まれたのだね)。
そう!つまり宗教上・民族対立上の因果を省く戦争原因は自然になくなっているのだ。
かといって、戦争理由のその殆どが宗教上・民族対立上のものたのだが…
まあそれもいずれはなくなるでしょう。
なくならずとも核兵器撃ち合えば、一日で人類は滅ぶし
別に戦争を反対していない。大いに行うがよい。
しかし、
・使うロジスティックスがもったいない→資源を生活に回せ
・使う兵力がもったいない→労働力に回せ
同時に増えすぎてもその過剰反応を働かせる。
例えば、狭い水槽に10匹の魚を入れる。魚は群れをなして水槽を回遊する。問題はその水槽の許容ギリギリの15匹を入れる。何が起こるのか?
弱い種の排除である。回遊時に弱い種を群れから出して攻撃する。その魚は弱り死に絶える。共食いなどのケースもある。
これは何故かというとそのままにしておけば、住む場所も食糧も減るからだ。
その状況にて、種を保存するために自然淘汰を開始する。種を保存する上でどうせ残すなら弱い種より強い種を残そうと弱い種を淘汰する。
日本は江戸の元和偃武以来、戦争の無い世の中になり、人口の爆発的に増加した。それでも種自体の縮小(現に江戸時代の平均身長が室町末期より急速に縮んだ)する事によって乗り切るケースもあるが、これは世界的にも稀で海一つ越えれば、近年になるまで戦争が絶えた地域は皆無と言える。
一部のケースを除くが動物には増やすのみならず減らす行為もする。
人間においても、他の動物の様に殺すまではいかないが、集団生活になれない者達がいきなり集団行動をとると『いじめ』という酷似した減少が起きる。
〔少し余談にはなるが、海外の社会の授業では、事あるごとに白人達が黒人を木に吊るし上げ、リンチしていた写真などがモザイクなしで中学校のうちに教育される。日本では農民を虐げた歴史は教科書に載らない。〕
話しを戻して、、その最たるものが『戦争』だと私個人は戦争をそう理解している。多すぎた人口を減らすのに一番効率の良い手段である。
ここで本題。
「戦争理由の定義が種の保存を目的にした淘汰活動ならば、人口を人為的に操作出来れば。」である。
しかしそれは人為的操作なしでももはや本能的にそれを行っている。
現に日本は戦後の列島以上の人口増加のツケを現在精算している(草食系男子は生まれるべきして生まれたのだね)。
そう!つまり宗教上・民族対立上の因果を省く戦争原因は自然になくなっているのだ。
かといって、戦争理由のその殆どが宗教上・民族対立上のものたのだが…
まあそれもいずれはなくなるでしょう。
なくならずとも核兵器撃ち合えば、一日で人類は滅ぶし

別に戦争を反対していない。大いに行うがよい。
しかし、
・使うロジスティックスがもったいない→資源を生活に回せ
・使う兵力がもったいない→労働力に回せ
平等主義者が反平等主義者に平等主義を押し付ける、またはその価値観において反平等主義者の存在を否定するのであれば、そこにはもはや根本的平等主義はなく、その平等主義者はアナーキーやら左翼中核派となんら代わらない。
つまり言いたい事は富国強兵主義や封建的道徳観を否定する人間達こそがその汚点にみずから足を入れているのだ。
しかしそれを回避するには『絶対評価』という現代日本の腐敗の根本が虎視眈々と俺達を狙っている訳だ。
資本主義国家から生まれたタイプの自由の真意が、良い意味では人間性の尊重、悪い意味では他人を土台にしてでも行動範囲を広めよ、といった意味であると理解した15の頃の俺が人間を嫌いになった理由を書きました。
つまり言いたい事は富国強兵主義や封建的道徳観を否定する人間達こそがその汚点にみずから足を入れているのだ。
しかしそれを回避するには『絶対評価』という現代日本の腐敗の根本が虎視眈々と俺達を狙っている訳だ。
資本主義国家から生まれたタイプの自由の真意が、良い意味では人間性の尊重、悪い意味では他人を土台にしてでも行動範囲を広めよ、といった意味であると理解した15の頃の俺が人間を嫌いになった理由を書きました。