鳥山良男の会長は今日も快調ブログ -3ページ目

朝から行列 ?

 

 

朝から行列 ?

出勤の途中9 時前にJR新宿駅で降り

いつもの如く新宿通りに出て

GUCCI 新宿店の前を通り

ビックロの方に歩いて

我が社へ向かっていた昨日の事

何故か分からないが

朝から長~~~い行列ができていた

よく見ると甲州街道の方から

ZARAの前を通って

新宿通りまで伸びている

 

一体なんだろう?

列を整理している

ガードマンに尋ねた?

『パチンコ店の開店です!』との答え

そして今日も全く同じような行列が…

開店は10 時だろうか?

みな儲けようと早くから並んでいる

がんばってほしいものだ!

 

かくいう自分も

明後日の中山競馬場

G1スプリンターズSを

楽しみにしている

行列をしている人たちと

『同じようなもんだ!』と

ふと思うのでした

 

 

 

昨夜の月

昨夜の月 

 

ほどほどの酔いを感じながらの

夜遅い帰り道

ふと夜空を見上げてみると・・・

 

やや雲間に霞んではいるものの

きれいな《三日月》が見えた

なんとなく秋の月は

心を和ませる

 

古代の人も月を見ながら

句を詠んだのだろうか・・・

百人一首によく出てくる

 

ウサギが住んでいると

想いをはせたのか・・・

 

すっかり秋めいてきた朝夕

と言いながら日中は

まだまだ暑い!

 

今夜も三日月を眺められそうだ !

 

 

 

じっと手を見る

じっと手を見る・・・

 

 

わずか24分間くらいの朝夕の通勤時

わりと混んでる時が多く

座れないことが多い

必然的に

つり革にぶら下がる

 

本を読むでもなく

新聞を広げることもできない

なにげなしに

自然と視線が自分の《手》にいった

その手に思わず声をかけたくなった

『お前も随分ツヤが消えたな~

シワが目立つよ!』

こんな声が返ってきた?

《しょうがないだろう~

随分働いたのだから!》

 

啄木の詩では無いけど

じっと手を見る

周りにも視線が動く

左を見ると若いオネエチャンが

ラインでもしているのか

一生懸命スマホを見ている

 

右の若いサラリ―マンは

ゲームに夢中だ

良く指が動く

 

前の座席でも

半数以上が下を向いている

やはりスマホだ!

 

こんなありふれた日常の光景が

当り前になっている

みんな何を考えているのだろう?

・・・とふと思う

 

そして

ふたたび《自分の手》を見る

 

 

 

36回 まる3年

 

36回 まる3

 

業界紙【商業施設新聞】に

連載執筆をしている

コラムタイトル

《だから開発はオモシロイ》

毎月月末が原稿締め切り

そして今月も書き上げた

36回目

平成2610月掲載分が第1

という事はちょうどまる3年になる

 

どういうきっかけか忘れたが

M編集長と知り合った

 

何処かは忘れたが

居酒屋でビールを呑みながら

業界アレコレ話で盛り上がったその時…

『その話オモシロイ!』

『書いてみませんか?』と

その時にふられた

 

さほど深く考えもせず

『あぁ~いいですよ~』

とOKの返事をしてしまった

そんなこんなで始まった

商業施設新聞の連載

《だから開発はオモシロイ》

あっという間の3年間であった!

 

皆さん

読んでくだされ!

但し面白いかどうかは

保証しませんデス!!!

 

 

 

ひまわり

 

ひまわり=向日葵=ヒマワリ

 

 

夏も終わりか…?

 

通勤で東中野駅まで行くのに

いつも通っている

新宿区から中野区へ通じる

山手通り

四季折々の花や木が

花壇と並木で

多くの人の目を楽しませてくれている

 

雨の多かった今年の夏が

後半に来てやっとという感じで

ギンギラの真夏になった

誰が植えたのだろうか

その真夏に咲きほこった

一本だけあるひまわり

漢字では向日と表現するが

なぜ日に向かうあおいなのだろうか?

その鮮やかな黄色には

華やかさだけでなく

強く生きるたくましさも感じられる

そして・・・

女王様のように凛としていたのに

そのヒマワリがすっかりと

変身していた今日の朝

まるで玉手箱を開けた途端

女王様が老婆になってしまったようだ

 

こうして季節が変わっていくのだろうか

秋がすぐそこまで来ているようだ

 

20周年・・・

今月8日に

20周年記念の創業PARTYを

お取引先の大塚寿し常本店で

地味に?開催した!

いささか長くなるが

以下の文はその時の挨拶の原稿です。

 

株式会社ジェイ・プラン

創業20周年に際して

 

今から20年前の今日8月8日に株式会社ジェイ・プランが創業いたしました。

ただ単に『楽しい仲間と楽しく仕事がしたい!』それだけの理由で創業してしまったのです。

もうすぐ50歳になろうとしている夏、生来のどうにかなるさという楽天家そして根拠のない自信だけを頼りに、身体さえ壊さなければ『会社を作ったって何とかなるさ』そんな気楽な気持ちで始めたJ・PLAN。

それが何とかかんとか?よく20年も続いた、つくづく感慨深いものがあると誰よりも感じている今日の日です。

 

 これまで何度かお話ししたと思いますが、『この会社を飛び出し自分で新たに起業しよう』と決意したのが6月ごろ、その時その会社に自分で入れた新入社員が現社長『大野勝利』でした。当時彼は入院明けで、その旨を話すと驚いたようで、私を信じたかどうかは定かではないが『ついていきます!』との一言。

当時彼は足立区の都営住宅に住み4人の女の子の親もうすぐ35歳になろうとしていたのです。

ついてくる以上責任も感じ『この会社は大野が私の歳になるまで、どんなことがあってもつぶさない!』と堅く自分に誓ったものです。

そしてすべてを前の会社に置いてきて、正にゼロからの起業でした。

 

その頃は隙間産業で『こんなビジネスが成り立つのか?』『将来性はどうなのか?』等と考えたことはありませんでしたが、頭の中にあるのは『どうしたらメシが食えるだろうか?』それだけでした。毎日いろんな人と会い、変化があり『面白いなぁ~』そして他に参考にする会社もないけれど『やり様によっては何とかなるかな!』という確信だけは少しずつですが芽生えてきたのです。

 

 銀行と証券会社は絶対つぶれないと言われていたけれど、日本の経済史に残る、あの『山一證券』が破たんしたのも丁度その頃1997年の秋でした。

 

 徐々にですが社員とお取引先も増え、ジェイ・プランも成長していきましたが、全てが順風満帆にここまで来たとは言いきれません。

数々の失敗、負の歴史も思い起こされます。

よく『社長は孤独』と言われますが、『愚痴や泣き言だけは絶対に言うまい』『この会社で起きる事は全て自己責任』と強く心に決め、絶えず自分に言い聞かせていました。

 

『何とか会社を安定させたい』として考えたのが、当時世の中に出てきた『アウトソーシング』という言葉でした。

市場を調べてみると未だ『開発のアウトソーシング』を手掛けている会社はどこにもないと、独自に手探りで始めたものでした。

新しい『ビジネスモデル』の誕生です。

この『ビジネスモデル』が今もジェイ・プランの柱になっております。

当初は、今でいう『Rメンバーフィーが月/100万円になればいいなぁ~』とよく大野と話したものです。

 

 ・・・とここまで創業時からの想いあれこれを書き出してみましたが、私にとっては、まだまだ書き尽くせないくらいのいろんな経験をさせていただき、それらのすべてが今となっては『自分の歴史』の一場面であり、貴重で楽しい思い出となっております。

 

 これからは、今ここで働く皆さんの時代です。

ジェイ・プランは『世の中の為になる、絶対的に必要不可欠な会社である』そしてそうならなければならないという『使命感』を持ちながら、全員で力を合わせ新たな歴史を創造し発展させ、もっともっといろんな経験を積み、勉強し自分と会社の成長の礎になって欲しいと願っております。

 

 私は今後もしっかりとこの会社『ジェイ・プラン』を身体の続く限り見守っていきたいと思っております。

大いなる期待をしております。

 

 最後になりましたが、これまでの20年間そしてこれからの未来も実に数多くの人たち=社員の皆様そしてお取引先の皆様からのご厚情と同時に出会えたことをあらためて心より深く感謝いたします。                    本当にありがとうございました。

         

平成29年8月8日

 

       株式会社 ジェイ・プラン

           最高顧問 鳥山 良男 

 

 

神楽坂阿波踊り

神楽坂阿波踊り

 

梅雨も明けて

本格的な夏祭りの季節がやってきた

 

これからの週末

毎週どこかで

大小のお祭りがある

七夕まつり

花火大会

そして

町内会とか

マンション自治会

独自のお祭り

とか

実に盛りだくさんである

 

子供の頃の

お神輿

金魚すくい

わたあめ

ラムネ

楽しい思い出がいっぱいある

夏祭りっていいもんだ

 

先週末

神楽坂阿波踊り

に行ってきた

 

それぞれのカッコで子供から大人まで

正に老若男女問わず

おもいおもいのスタイルで

踊りながら登っていく

太鼓・横笛・鐘の音に合わせ

手拍子足拍子

そして三味線の響きもあった

浴衣姿の色っぽいオネエちゃん

紺のはっぴがよく似合うおっちゃん

祭り伴天を着た幼稚園児

みんな楽しそうに踊っている

 

あの狭い神楽坂を毘沙門天の方まで

趣向を凝らした連がつらなる

そして

沿道でそれを見る見物人も

たくさん大勢いっぱい

そのなかでも若いオネエチャンの

浴衣の艶姿が

ひときわ目立つ

 

屋台の掛け声を後にして

非日常の一夜を過ごした

 

翌日の隅田川花火大会

あいにくの雨にたたられた

我が家からも見えるので

毎年楽しみにしているが…

今年は残念ながら

鮮やかさが全くなくかすかに

見えるだけだ

 

色とりどりの大輪の花火が

2万発以上も

打ち上げられたというのに・・・

 

残念な土曜日になってしまった

 

 

壇 蜜(だんみつ)本

こんな本を読んでいる

 

 

タイトル《 どうしよう 》

著者 《 壇 蜜 》

そうですあの《だんみつ》です

本名 斎藤支静加 ( さいとう しずか )

1980年 秋田県生まれ 35

職業 タレント

 

何を買うかなどの目的もなく

会社の帰りにふと寄った

新宿の紀伊国屋書店で出逢った

このエッセイ

思わず買ってしまった

 

身辺雑記

日常起きる些細な出来事

そして

感じた事

独自の視点で

自分を飾ることなく

 

ギラギラしたタレントが多いなか

背伸びせず

自分を俯瞰して見

ブレずに淡々と

仕事・生き方・恋愛・・・

を語っている

ついつい

引き込まれてしまう

 

ブラウン管やグラビアから受ける

イメージとの

ギャップも秀逸だ

 

ただのヌードだけが売り物

おっぱいタレントとは

一味違う

 

最近ビジネス書ばかり読んでいたが

たまにはこんな本も良いかなぁ~

と思って買ったが

正に大当たりって感じ

オ・モ・シ・ロ・カ・ッ・タ

 

アッシも年のせいか

人の名前とか、固有名詞

がなかなか出てこないことが多い

そんな時の事も書いてあるので

原文のまま抜粋してみる 28

どこかで使えそうだ!

 

これは出身校の教頭先生のアイデア。

「君、名前は?」と堂々と聞く。

「忘れちゃったんですかやだなあ」

といわれても聞く。

「〇〇です」と答えたら一言

「違うよ、下の名前は。

名字は知ってる」

とさらりとかわすという手法・・・

さすが先生。

 

ちなみに永年の愛読誌『夕刊フジ』にも

コラムを連載している

毎週興味深く読んでいる

 

マガジンハウス

2016年刊  ¥1200-

 

坊主めくりって?

本当に久しぶりに

《坊主めくり》

をやった!

 

《坊主めくり》と言っても

知らない人が多いだろうが…

百人一首の絵札を使って遊ぶ

古典的な遊び

子供から大人まで

すぐ覚えられる!

 

『《UNO》のリバースとかを

取り入れましょう!』

そんな意見も出たので

昔からのルールを

今風に?アレンジして・・・

楽しんだ!

百人一首の絵札を真ん中において

皆で車座になり

代わるがわる一枚ずつめくっていく

 

が出ては喜びもう一枚引ける

右大臣左大臣などの絵札では安心し

そして坊主を引くとがっくりし

手持ちの絵札すべてが没収され

1回休み

大人数の為次がなかなか

回ってこない

同じ坊主でも《蝉丸》を引くと2回休み

しかもその両隣りも絵札を没収され

次にお姫様の絵札を引いた人が

没収された絵札をすべて自分のモノに・・・

そして最後に

絵札を

一番多く集めた人が勝利!

賞品をゲット!

 

極めて単純な遊びだけど

けっこう盛り上がる

 

こうして17人での

軽井沢の夜が更けていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はたして何でしょう~?

果たしてこれは何でしょう~~?

アッシの足です

SIZEは25~26cm位

極めて平均SIZEです

 

足下に見えるのはなんだと思いますか?

実は

あの松井秀喜の足形なのです

30cm弱はあるでしょう~~?

比べてみればよくわかる

この足でしっかりと踏ん張り

ホームランを量産したのだろう

 

東京ドームでのGIANTS戦の前に訪れた

野球殿堂博物館

前から一度は見てみたいと思っていた

小学生の頃からの野球ファンとしては

たまらない時間空間だった

 

近々もっと時間をとって

ゆっくり見てみたいと思う