三十年以上前の僕が學生だつた頃、政府の廣報センターに國會の議事録を見せて貰ひに行つた事がある。或る問題についての議事に關心があつたのである。


センターの人には、さうした資料は特別の居かを得た人にしか見せる事ができない、と言はれた。要するに選擧權を有つだけのパンピー(一般人)は御呼びでない、といふ事だ。


此の時、僕は一般國民は國會の議事録を自由に閲覧できない事を知つた。政治家にとつて都合の良い部分だけが國會中継として方左右される。その他の議事は國民の閲覧を許さない。


それが民主主義を標榜する日本の、現在も變らぬ姿なのである。小室直樹によると、現在は國會での自由な議論も許されないさうである。


必ず事前に質疑の内容を提出して置かなければならない。政府はそれに應じて答辯を用意する。これが亞細亞の自由化の優等生の日本の實態なのである。


このやうな日本の非民主的體制は、安倍内閣により強化されてゐる。安倍は重要な議案は國會で議論(勿論、ただの儀式だが)することも、國民に説明する事もしない。ただ閣議決定するだけである。


安倍は國民は莫迦だと想つてゐるのであらう。それは僕も否定しないが、安倍も決して悧口であるやうには見えない。


むしろ僕には、安倍は大改革を行ふには頭が惡すぎる、と想つてゐる。こんな奴に次々と重要な政策を閣議決定されてはたまらない。


他の政治家の殆んどは、安倍のやうなちやんとした國家觀は有たないが、大改革を行ふやうな野心もない。だから重要な政策を閣議決定だけで進めたりはしない。


アベノミクスも増税で破綻して現在、こんな政權は早めに潰すに如くは無い。