白川靜の『詩經國風』を、やつと讀み終へた。僕が最初に『詩經國風』を讀むだのは高校生の時で、海音寺潮五郎の譯だつた。


今までは當然と想つてゐたのだが、白川や海音寺の本は素晴らしい。白文と書き下し文が一致してゐるのだ。金谷治の『孫子』などは、白文と書き下し文の對應がとれてゐない。


能くあんな本が修正される事もなく長年本屋に出廻つてゐる、と想ふのだが、普通の讀者は白文までは讀まないのかも知れない。


僕は自分で白文を書き下してから、大きな間違が無いかどうかを本の書き下し文で確認する。だから漢文を讀むのに時間もかかるし、白文と書き下し文の違には敏感なのである。


もつとも僕も數學が專門のプログラマーで、普通の讀者の筈なのであるが。かういふいい加減な本(金谷の『孫子』のこと)で金をとつて専門家づらされると、頭に來るのである。


白川の書き下し文や飜譯には、さういふ好い加減な處が無い。だからストレスなく讀了できた。作家の海音寺の本にも、さういふ出鱈目は無かつたと想ふ。癖の強い飜譯ではあるが。


『詩經』は「國風」と「大雅」「小雅」「頌」から成り、「國風」は各地の民謠を集めたものである。


數年前見た「レッドクリフ(赤壁)」といふ映畫に、關羽が子供に詩を教へる場面があつた。子供は關羽の後に續いて「雎鳩(しよきゆう)」を讀むでゐた。


この詩は『詩經國風』の最初の詩で、僕の好きな詩の一である。ほかにも「碩鼠(大きな鼠)」や「有女同車」などが好きだ。


海音寺潮五郎の飜譯はとても好きなのだが、學者ではないので字句に詳しい註がない。白川の本には註があるので、大變、勉強になつた。


白川の飜譯も味のある良い譯である。