四國の阿波の國は、元々は「粟(あわ)の國」と言つた。「栗(くり)」と能く似た漢字だが、下が「木」ではなく「米」である。


粟の國で采れた粟を大和に運ぶ爲の通路にある島が「淡路島」である。「粟路島」と書く方が、意味は通づるだらう。


因に「紀伊國」は元は「木の國」である。阿蘇には「火の國」がある。關東には「毛の國」があつて、「兩毛線」といふ鐵道に其の名が殘つてゐる。


僕は「阿波の國」や「紀伊國」より、「粟の國」や「木の國」といふ昔の名前の方が好きだ。「群馬」も昔は「ぐんま」ではなく「くるま」と呼んで、輿の生産地だつた(つまり馬とは無關係)


阿波の移民が關東に建てた國が「安房(あは)」である。黒潮ルートで移動したらしい。「阿波」も「安房」も、「粟」が語源なのである。


さて、その「粟」だか、『十八史略』を讀むでゐたら、伯夷叔齊の逸話に之が出て來た。「不食周粟、隱於首陽山」とある。


書下すと「周の粟(ぞく)を食(くら)はず、首陽山(山の名前)に隱(かく)る」となる。この場合の「粟」は「あは」ではなく「ぞく」と音讀(おんよみ)で讀む。


何故かといふと、「粟(ぞく)」は日本で謂ふ處の「粟(あは)」ではないからである。「粟(ぞく)は籾(もみ)の儘(まま)の米」と註記にある。


日本では何故「あは」に「粟(ぞく)」の字を當てたのか氣になる處だが、動植物の名前にはよくある事だ。「椿(つばき)」は支那の「椿(ちゆん)」ではないし、こんな例は多數ある。


植物學者の牧野富太郎はかうした例を嫌つて植物名の片假名書を主張した。だが「かうらいにんじん」のやうな場合は「高麗人參」とした方が分りやすくないだらうか。


全部片假名にする、といふのは、やり過ぎなのである(確か池波正太郎が牧野富太郎の評傳を書いてゐるので、興味を持たれた方は讀むで欲しい)