YouTubeとかいふ動畫サイトで動畫を見てゐたら、「山陰・山陽地方」といふ耳慣れない言葉を聞いた。なぜ「中國地方」と言はないのか、理會に苦しむ用語である。


支那と紛らはしいといふなら、支那は「支那」と呼べば良いだけの事、なぜ「山陰・山陽地方」なんて言葉を造語する必要がある。


「中國地方」といふ言葉をなるべく使はない、といふ隱謀が、知らない内に進行してゐるのではないか。勿論、支那を「中國」と呼ばせる爲の隱謀である。


さうでなければ「中國地方」ですむ言葉を「山陰・山陽地方」と長つたらしく言換へる理由が想ひつかない。


そしてかうした隱謀に對抗するには、意識的に「中國地方」といふ言葉を使ひ續けるしかない。新しい言葉には付き合はない、といふ決意が必要だらう。


酒を嗜(たし)むで嗜なまず、つむじ曲げてもヘソ曲げず、古き言の葉守れよや、二六時づつと守れよや。