情緒とか感情とか云ふと、何か高級なもののやうに感ずる人がゐるかも知れないが、實は可成原始的なものでしかない。


例へば怒はノル・アドレナリンが引起す。喜はドーパミンやエンドルフィンが分泌されて起きる感情である。


これらは皆、腦幹で分泌される。大腦でも小腦でもない。つまり、爬蟲類にも此の程度の感情はあるに違ひない。


腦の進化の過程で、人間は大腦が肥大化してゐるのだが、感情を引起すホルモンは、みな腦幹から分泌される。


もつとも大腦が腦幹に怒れ、などと命令を出してゐる場合もある。しかし情緒障害のやうに腦幹が未成長だと、大腦がいくら命令しても分泌液は出ない。


つまり感情は、腦といつても可成原始的な腦である腦幹が制禦してゐるのである。腦幹が未成熟だと無表情になり、情緒障害と診斷される。


腦幹は、子供の頃から泣いたり怒つたり怖い思ひをすることで成長する。何の刺激も無ければ、ホルモンが分泌されないので腦幹も發達しない。


つまり、赤ん坊や子供の頃に泣いたり笑つたりする事は、人が人として成長するために必要な事なのである。


いくら大腦だけ鍛へても、情緒と感情とは原始的な腦である腦幹が司るのだから、人らしい人には成長できないのである。