『用字格』といふ江戸時代に書かれた漢文の文法書(著者は伊藤東涯、すなはち仁齋の長男)を讀むでゐたら、面白い用例があつたので御紹介する。


「未食」と「食未」との意味の差である。まあ、普通に訓ずれば、「未食」は「いまだしよくせず」または「いまだくらはず」だらう。それで良いのである。


「食未」は「しよくすやいなや」或いは「くらふやいなや」と疑問文になる。これについて、『用字格』には、面白い插話があつた。


嘗漢人日本ニ來ル日本人朝食ノ前ニ訪フ未食カト未食ノ二字ヲ書示ス漢人不聰譯人倒ニカキシメセト云


これが手書の原文だが、分らない人は分らないだらうから譯しておく。江戸時代の本は句讀點も無いので、讀むのにコツがゐる。


昔、漢人が日本にやつて來た。日本人が朝食の前に訪問した。まだ(朝食を)食べてゐないのではないかと「未食」と書き示すが、漢人はそれを理會できない。通譯が逆さにせよ、と云ふ。


つまり「未食」ではなく「食未」と聞くべきだつたのである。「未食」ではただの否定文である。