一昔前は、まだ捨三や捨吉なんて名前の人が澤山ゐた。これは一種の呪術で、江戸時代には儀式として殿樣の子を捨てて家老が育てる、なんて習慣があつたりした。
どの國でもさうだが、昔は子供は簡単に死ぬもので、だから何割かは死ぬ事を前提に子供を澤山産むだ。僕の考(ちち)なども、十人兄弟の末子(すゑつこ、ばつし)である。
そして棄兒(すてご)は丈夫に育つといふ俗信から、一旦子を捨ててから育てる習慣などが生まれた。捨三なんて名前も、子が丈夫に育つて欲しいといふ親の願(ねがひ)による命名である。
アイヌなどにも似た習慣があつた。子供に糞とか小便なんて名前を付けるのである。神に間引されないやうに、家の子供は無價値ですよ、と言つてゐるのだ。
「酒呑童子」の「酒呑(しゆてん)」も、語源は「捨て」だといふ説がある。多分、捨て兒の盜賊團だつたのだらう。
終戰當時も浮浪兒の犯罪集團なんてのがあつた。『あしたのジョー』といふ漫画は、さうした時代の雰囲気を傳へてゐる。あの漫画は、戰後の昭和の産物なのである。
子供が澤山死ぬことを前提に澤山産む時代が終ると、數人の子を産むで大切に育てる時代が始まる。子が數人だと、思切り資本を挂けて高等教育を受けさせる事が可能になる。
さうした時代には、戰爭に國民を動員するのが難しくなる。獨りつ子を殺されては、親の怒が收まらない。アフガン戰爭で蘇聯が苦勞した理由である。
そして子供に「捨」や「糞」といふ名をつける親もゐなくなるのである。
どの國でもさうだが、昔は子供は簡単に死ぬもので、だから何割かは死ぬ事を前提に子供を澤山産むだ。僕の考(ちち)なども、十人兄弟の末子(すゑつこ、ばつし)である。
そして棄兒(すてご)は丈夫に育つといふ俗信から、一旦子を捨ててから育てる習慣などが生まれた。捨三なんて名前も、子が丈夫に育つて欲しいといふ親の願(ねがひ)による命名である。
アイヌなどにも似た習慣があつた。子供に糞とか小便なんて名前を付けるのである。神に間引されないやうに、家の子供は無價値ですよ、と言つてゐるのだ。
「酒呑童子」の「酒呑(しゆてん)」も、語源は「捨て」だといふ説がある。多分、捨て兒の盜賊團だつたのだらう。
終戰當時も浮浪兒の犯罪集團なんてのがあつた。『あしたのジョー』といふ漫画は、さうした時代の雰囲気を傳へてゐる。あの漫画は、戰後の昭和の産物なのである。
子供が澤山死ぬことを前提に澤山産む時代が終ると、數人の子を産むで大切に育てる時代が始まる。子が數人だと、思切り資本を挂けて高等教育を受けさせる事が可能になる。
さうした時代には、戰爭に國民を動員するのが難しくなる。獨りつ子を殺されては、親の怒が收まらない。アフガン戰爭で蘇聯が苦勞した理由である。
そして子供に「捨」や「糞」といふ名をつける親もゐなくなるのである。