スメラミコト(天皇)の語源は一應「統べるミコト」といふ事になつてゐるが、面白い少數學説に「スメル(シュメール)のミコト」といふのがある。
あながち間違ではないのかも知れない。この「スメル」は佛教典に出て來る「須彌山(シユミセン)」とも同じ語源の言葉である。
スメルはメソポタミアを千年近く支配した文化で、その宗教的權力者(聖王)をエンシ、軍事的權力者(俗王)をルガルと言ふ。
スメルではエンシとルガルによる二元政治が行なはれてゐた。丁度、昔の日本に天皇(聖王)と將軍(俗王)がゐたやうに。
日本の祭政不一致・二元政治の國體は、幕府成立以後に出來たものではないだらう。所謂『魏志倭人傳』(三國志の一部)には、卑彌呼といふ聖王と男弟といふ俗王の二元政治についての記述がある。
この祭政不一致・二元政治の文化は北歐羅亞細亞の所謂騎馬民族と特に南洋で一般的なものである。つまり、日本の二元政治の文化は北歐羅亞細亞か南洋から日本にもたらされた。
ある學者は二元政治の文化に就て、蘇我氏が大陸から齎したものといふ假説を主張してゐるが、前にも述べたやうに既に卑彌呼の時代から存在するものである。蘇我氏では新しすぎるだらう。
といふ事は多分、此の文化は北歐羅亞細亞ではなく南洋から齎らされた。もつとも南洋の二元政治の文化は北歐羅亞細亞から齎らされたものだらうが。
ポリネシアンなどは海のモンゴロイドと呼ばれてゐる。それに南洋で日本の縄文土器が發見された事もある。何故そんな物が見つかるか、については未だマトモに説明されてゐない。
勿論、スメル人の二元政治文化も震源地は北歐羅亞細亞、南西伯利亞のミヌシンスク盆地から齎らされたものだらう。
日本神話が希臘やスキタイの神話と多くの共通點を有(も)つのは、單一の神話が所謂騎馬民族によつて拡散され地方化(ローカライズ)されたからだ。
現在でも日本の國體を「祭政一致」と稱する人達がゐるが、それは「漢(から)ごころ」といふものである。支那の色眼鏡で國史を見るからさうなるのだ。
日本の天皇は有史以前から「政治社外のもの(福澤諭吉)」なのであり、日本獨自の文化傳統といふ訣でもない。
日本の文化は風土などではなく、周邊文化との比較から論ぜられるべきものだ。
あながち間違ではないのかも知れない。この「スメル」は佛教典に出て來る「須彌山(シユミセン)」とも同じ語源の言葉である。
スメルはメソポタミアを千年近く支配した文化で、その宗教的權力者(聖王)をエンシ、軍事的權力者(俗王)をルガルと言ふ。
スメルではエンシとルガルによる二元政治が行なはれてゐた。丁度、昔の日本に天皇(聖王)と將軍(俗王)がゐたやうに。
日本の祭政不一致・二元政治の國體は、幕府成立以後に出來たものではないだらう。所謂『魏志倭人傳』(三國志の一部)には、卑彌呼といふ聖王と男弟といふ俗王の二元政治についての記述がある。
この祭政不一致・二元政治の文化は北歐羅亞細亞の所謂騎馬民族と特に南洋で一般的なものである。つまり、日本の二元政治の文化は北歐羅亞細亞か南洋から日本にもたらされた。
ある學者は二元政治の文化に就て、蘇我氏が大陸から齎したものといふ假説を主張してゐるが、前にも述べたやうに既に卑彌呼の時代から存在するものである。蘇我氏では新しすぎるだらう。
といふ事は多分、此の文化は北歐羅亞細亞ではなく南洋から齎らされた。もつとも南洋の二元政治の文化は北歐羅亞細亞から齎らされたものだらうが。
ポリネシアンなどは海のモンゴロイドと呼ばれてゐる。それに南洋で日本の縄文土器が發見された事もある。何故そんな物が見つかるか、については未だマトモに説明されてゐない。
勿論、スメル人の二元政治文化も震源地は北歐羅亞細亞、南西伯利亞のミヌシンスク盆地から齎らされたものだらう。
日本神話が希臘やスキタイの神話と多くの共通點を有(も)つのは、單一の神話が所謂騎馬民族によつて拡散され地方化(ローカライズ)されたからだ。
現在でも日本の國體を「祭政一致」と稱する人達がゐるが、それは「漢(から)ごころ」といふものである。支那の色眼鏡で國史を見るからさうなるのだ。
日本の天皇は有史以前から「政治社外のもの(福澤諭吉)」なのであり、日本獨自の文化傳統といふ訣でもない。
日本の文化は風土などではなく、周邊文化との比較から論ぜられるべきものだ。