大川周明の『囘教概論』を人に奬められて讀むでゐる。能く此の宗教を解説してゐるのだが、一(ひとつ)だけ氣になる事がある。「割禮」の説明が無い事だ。
猶太教にも「割禮」があるが、これは囘教の「割禮」とは別物だ。猶太教の割禮は赤兒の男子に對して行はれる。男根の皮に少しだけ傷をつけるのだ。
これに對しては囘教の「割禮」は成人前の御婦人の陰核を切除する、といふものだ。英國の殖民地では禁止されたが、現在でも多くの囘教徒の御婦人が實施してゐる。
異教徒の我々には酷く残酷な慣習に見えるのだが、囘教徒にとつては神の定めた法である。人間ごときの都合で止める訣には行かないだらう。
かうした風習は何處まで許されるのだらうか。印度にはサティといつて、夫が死ねば妻も一緒に焼く習慣がある(こちらは現在の法律では禁止されてゐる)
そもそも大川周明が『囘教概論』で婦人の「割禮」に觸れなかつたのは何故だらう。そして此の問題は、異教徒が干渉しても良い問題なのか。
「豚肉を喰らふな」については、「勝手にしろ」で濟む話だ。それでもこれが「鯨」になると、騒ぐ人たちが出て來る。因に僕は鯨料理が大好きだ。
囘教徒は何故、「割禮」といふ慣習を作つたのか。これについては神の定といふ答しか返つて來ないのかも知れない。
そして我々異教徒は、此の單純な答に有效に反論する術(すべ)を持たない。ただ話を聞けば不快に感ずるだけである。
猶太教にも「割禮」があるが、これは囘教の「割禮」とは別物だ。猶太教の割禮は赤兒の男子に對して行はれる。男根の皮に少しだけ傷をつけるのだ。
これに對しては囘教の「割禮」は成人前の御婦人の陰核を切除する、といふものだ。英國の殖民地では禁止されたが、現在でも多くの囘教徒の御婦人が實施してゐる。
異教徒の我々には酷く残酷な慣習に見えるのだが、囘教徒にとつては神の定めた法である。人間ごときの都合で止める訣には行かないだらう。
かうした風習は何處まで許されるのだらうか。印度にはサティといつて、夫が死ねば妻も一緒に焼く習慣がある(こちらは現在の法律では禁止されてゐる)
そもそも大川周明が『囘教概論』で婦人の「割禮」に觸れなかつたのは何故だらう。そして此の問題は、異教徒が干渉しても良い問題なのか。
「豚肉を喰らふな」については、「勝手にしろ」で濟む話だ。それでもこれが「鯨」になると、騒ぐ人たちが出て來る。因に僕は鯨料理が大好きだ。
囘教徒は何故、「割禮」といふ慣習を作つたのか。これについては神の定といふ答しか返つて來ないのかも知れない。
そして我々異教徒は、此の單純な答に有效に反論する術(すべ)を持たない。ただ話を聞けば不快に感ずるだけである。