Honest is the best policy.といふ英諺がある。讀者の中にもさういふ信念を御持の方がゐられるかも知れないが、數學的には間違である事が已に證明されてゐる。


かうした政略を檢討する分野を、數學ではゲーム理論といふ。實際にルールを嚴密に定めた上での政略模型のコンテストなどが行はれてゐるが、正直・誠實だけの對應は良い結果を生まない。


今はもつとマシな政略模型が出てゐるかも知れないが、僕がゲーム理論を調べた時に最強だつた政略は「しつぺ返戰略」と呼ばれるものだつた。


これは基本的には正直・誠實に對應するが、裏切られたときは仕返するといふものである。正直戰略ほど單純な戰略ではないが、それでも割と單純な對應ではある。


實際、この戰略が單純な割に勝率が高い事に、學者達は驚きを隠せなかつた。もつと複雑なポートフォリオのやうな戰略も色々と考へられたが、しつぺ返戰略ほど強力ではなかつたのだ。


つまり、正直は最善の政略かどうか、といふ問題は學問的には已に結論が出てゐるのだが、正直は最善の政略なり、と教へる無知な僞善者教師は今日でも澤山ゐるに違(ちがひ)無い。


ところで、老莊思想といふのは、正直戰略に近い。亂世の生存哲學である老莊思想は、他人から恨みを買はない事を主眼としてゐる。


だから『老子』は「恨みに報いるに德をもつてする」と云つた。ただし此の戰略では勝抜けない事は、已に述べた通(とほり)である。


『論語』では、「恨みに報いるに直をもつてする」と云つてゐる。これは、數學的に模型化すれば「しつぺ返戰略」と謂へるのではないか。


つまり孔子の思想の方が、實は生存に適した方策なのである。