『日本語の宿命~なぜ日本人は社會科學を理解できないのか~』といふ薬師院仁志の本を最近、讀んだのだが、なかなか面白かつた。
例へば「動畫」は「アニメイシヨン」の飜譯として作られた言葉だが、いつの間にか實寫など意味としても含まれるやうになつた。漢字の意味に引きずられて言葉の用法が變つたのである。
歐羅巴語の國語への飜譯は、此の手の問題が不可避である。例へば「ソサイアテイ」を「社會」と飜譯しても、それは「社會人」や「社會科」などとは關係の無い言葉なのである。
さうかといつて國語に飜譯せずカタカナ語で使用しても、それが歐羅巴語と同じ意味になる訣ではない。例へば我々は、「ストライク」と「ストライキ」を別な言葉として區別してゐる。
上で紹介した本には載つてゐないが、江戸時代の日本人の漢語の使用にも似たやうな現象が指摘されてゐる。日本人は支那人が使はないやうな「和臭」のついた漢文を書くのだ。
徂徠は當時の漢文テキストを唐話(當時の現代支那語)で讀んでゐたが、それで此の學派の人達が書く漢文から和臭が取れた訣ではない事は江戸時代から指摘されてゐた。
吉川幸次郎が弟子達に傳統的な漢文教育ではなく支那語を英語のやうに教へて此れを新しい實驗と稱した時は、思はず嗤つてしまつた。こんな實驗は江戸時代に失敗と結果が出てゐるのだ。
早稻田大學の前身である東京專門學校の謳ひ文句は「邦語講義」だつたと云ふ。當時の官學は御雇外國人による歐語講義を進めてゐた。
これについて上記の本の作者はかう評してゐる。
「ソサイエティ」を社會と呼び、「インディビデュアル」を個人と置き換へたところで、學問を”外國語の隸屬”から獨立させることはできない。
全くもつて正論ではあるが、不完全ながらも國語で高等教育が受けられる事は、實は幸せな事なのである。第三世界の大學の殆どは今日でも歐語講義なのだから。
僕は大學や大學院では數學を研究したが、あの分野は不思議な事に「和臭」の餘地がほとんどない。「群」と呼ばうが「グルウプ」と呼ばうが、世界中の數學者の用法は完全に一致してゐるのである。
例へば「動畫」は「アニメイシヨン」の飜譯として作られた言葉だが、いつの間にか實寫など意味としても含まれるやうになつた。漢字の意味に引きずられて言葉の用法が變つたのである。
歐羅巴語の國語への飜譯は、此の手の問題が不可避である。例へば「ソサイアテイ」を「社會」と飜譯しても、それは「社會人」や「社會科」などとは關係の無い言葉なのである。
さうかといつて國語に飜譯せずカタカナ語で使用しても、それが歐羅巴語と同じ意味になる訣ではない。例へば我々は、「ストライク」と「ストライキ」を別な言葉として區別してゐる。
上で紹介した本には載つてゐないが、江戸時代の日本人の漢語の使用にも似たやうな現象が指摘されてゐる。日本人は支那人が使はないやうな「和臭」のついた漢文を書くのだ。
徂徠は當時の漢文テキストを唐話(當時の現代支那語)で讀んでゐたが、それで此の學派の人達が書く漢文から和臭が取れた訣ではない事は江戸時代から指摘されてゐた。
吉川幸次郎が弟子達に傳統的な漢文教育ではなく支那語を英語のやうに教へて此れを新しい實驗と稱した時は、思はず嗤つてしまつた。こんな實驗は江戸時代に失敗と結果が出てゐるのだ。
早稻田大學の前身である東京專門學校の謳ひ文句は「邦語講義」だつたと云ふ。當時の官學は御雇外國人による歐語講義を進めてゐた。
これについて上記の本の作者はかう評してゐる。
「ソサイエティ」を社會と呼び、「インディビデュアル」を個人と置き換へたところで、學問を”外國語の隸屬”から獨立させることはできない。
全くもつて正論ではあるが、不完全ながらも國語で高等教育が受けられる事は、實は幸せな事なのである。第三世界の大學の殆どは今日でも歐語講義なのだから。
僕は大學や大學院では數學を研究したが、あの分野は不思議な事に「和臭」の餘地がほとんどない。「群」と呼ばうが「グルウプ」と呼ばうが、世界中の數學者の用法は完全に一致してゐるのである。